Thirsty Thirty

生活、ときどきオタク

『お誕生日』の話

DearDream結成2周年おめでとうございます!ファンミ03のパンフレットには『10.10 DearDream結成』と書いてあったにもかかわらずまさきくんが昨晩『DearDream2周年』とツイートしていたので不思議に思って調べてみたら10/10に雑誌で発表、それに向けて10/9にキャスト本人と公式が自ら先行して発表してたんですね。なので本人たちとしては10/9が結成記念日のような心づもりなのかも。

この2年、『ファン』の目線で見ているといいことも悪いこともたくさんありました。嬉しいことも、悔しいことも、歯がゆいことも数えきれないくらい。特にわたしのように元々俳優さんのファンだった人からしたらもどかしいこともたくさんあったでしょうし、PRJそのものがまだまだ未熟なところがいっぱいあり過ぎて『なんで???』と思うこともたくさんあったと思います。特に今年の1stLiveまでは人気と実態が伴っていない感じが強くあって、その結果いろんなところでいろんな感情が渦巻いていたようにも思えます。はっきりと言ってしまえば、人気に対して会場のキャパや用意している色々なものの数が圧倒的に足りなかった。かと思えば、読み違えたかのように余らせてしまうこともあったりして、正直なところPRJそのものも彼らの『人気』を読み切れていなかったんだろうなあ、と思います。

それが安定してきたなあと感じたのは今年の5月、前述の1stLiveでした。これも最初はCD先行ですら全く当たらなくて半ばヤケのようになっていたのですが、結果的にわたしの周りでは行きたい!と思った人のところにはちゃんとチケットが当たっていたような状況だったと記憶しています(見える範囲の話ですが)。その辺りから、『多少大きすぎるのでは?』と仮読みしてもしっかり埋まるくらいの人気が伴ってきたんじゃないかなあ、とぼんやり感じます。

(そもそも論としてアルバムにシリアルが付いていたので複数買いで枚数を稼いだんじゃ?という意見もあるとは思うのですが、個人的にはその商法は間違いではないと思います。自分の心情は置いておいてですが。笑 ただでさえCDが売れない状況の中で、それでも『枚数』という実績を作るにはそのような方法は取ってしかるべきだと思います。わたしはずっと「数字はウソをつかない」ということを言われ続けてきたので個人的にはそりゃそうだよね、という感覚なのですが、数字は『実績』です。CDが売れれば、それぞれのショップで予約数が積み上げられれば、ディアドリは『売れる』アーティストとして取り扱ってもらえるのです。複数買いがいいとか悪いとかは誰が決めることでもないし、その判断を誰かが決められるかと言えば誰も決められない。それでも、最終的には『CDが○枚売れた』というのは彼らの『実績』になるのだから。)

話がそれましたが、今年になってから『安定』してきたなあ、というのは特にファンミ03の辺りからひしひしと感じています。Rの始まる『嵐の前の静けさ』とも思えるけれど。それは、おれサマーやビリビリ上海、それこそ去年のアニメ1期やハンサムといった色々な経験を彼らが積んでいく中で、彼らを応援したい!と思う人たちがどんどん増えて、ファンの母数そのものが増えて、それをPRJ側がしっかりと把握したからなんじゃないかな、と思っています。ファンミ02の時に発表されたZeppも、1stLiveの時に発表された日本青年館も、その時は絶対に埋まらないでしょ、と心配したけれど実際は埋まった。大阪も、心配はしたけれど金曜日も1Fは満席だった。『最初、地方はガラガラだった』と彼らが語った全国行脚も、3回目の今回はすべてが抽選になるくらい争奪戦になった。母数が増えて、キャパが増えて、そうすると『余裕』が生まれる。そこに新しくファンになった人が入れて、その人がまた他の人を呼べる。そんな連鎖も産まれているかもしれません。最初は無謀だと思っていたけれど、その辺りはPRJとして成長しているんだなあ、としみじみ思います。

そして何より彼ら7人の『進化』が、今の一番の魅力なのだと思います。あくまでもわたしの見える範囲の話でしかないので話半分で読み飛ばしてもらえればいいのですが、ドリフェス!というジャンルを好きになった人で、途中で追いかけるのをやめたという人ってあまり見ないなあ、と思います。それは現在進行形でアニメやアプリといったPRJが動いているからというのも一つの大きな理由だと思うけれど、何よりも『実際にディアドリとして、クロフネとして活動している彼らがどんどん進化しているから目が離せない』というのも一つの理由に挙げられる気がします。

たとえば、この2年でそーまくんはものすごく変わったなあと思います。最初は見ていて不安になるくらいに『センター』として大丈夫かな?と思ったけれど、今は胸を張って『ディアドリの、このPRJの誇るセンター』と他のジャンルの人に自慢できます。ミゾタクもトミーも、まさきくんもかおるくんも、株ちゃんさんも公人さんも、最初に知った時からすると今はもう全然違う人のように思えるし、たった半年、たった3ヵ月前のツイートを見るだけでも違う人みたいだなあと思うことがたくさんあります。DFだけでなく、いろんなところで色んな表情を見せてくれる中でどんどん『進化』しているのが驚くほど色鮮やかに伝わってくるし、だからこそもっと見ていたい、応援していきたい、と思えるんじゃないかな、と感じています。

今朝、懐かしいなあと思いながら過去のツイートを遡っていたら、こんなツイートを発見しました。

最初に発表されたキービジュアルは、今や衣装の代名詞とも言える『キャンディブロックシリーズ』でした。わたし、このモチーフのことを知らなかったんです。自分がアプリをやりこんでいないのもそうだし、衣装のブランドに疎いというのも理由の一つとして挙げられるかもしれないけれど、これを知った時に本当に驚いて、それと同時にとても嬉しくなりました。

我ながら気持ち悪いツイートだな。笑 でも、それくらいの衝撃がありました。圧倒的に知名度がありながら、いろんなビジュアルで出ていながら、2年間、リアドリの彼らが着ることのなかった代名詞とも言える衣装。それを初めて着てファンの前に現れる舞台として選ばれたのが、彼らの1stLiveだった。うまく言葉にできないけれど、上のツイートに書いたとおり、ファンがずっと送ってきたエールが『具現化』した瞬間を目の当たりにしてしまったような気がして、何とも表現できない衝撃に打ちのめされました。PRJの初期の初期にツイートされたたった1つの『点』が2年越しに結ばれて線になったような感覚。もしかしたら公式さんは忘れているかもしれないけれど笑、3年目の歩みを進めたこの日に気付けたこの事実を、わたしは本当に愛おしいと感じます。

とにもかくにも、結成2周年本当におめでとうございます!そして3年目の、正念場とも言える今年、きっとまた大きく跳ね上がる瞬間をたくさん目の当たりにできるのだろうなあと今からとても楽しみにしています!

おまけ

3Dモデルの今との違いにも笑ってしまうけれど、我ながら『この時の慎さまただのミゾタク』にちょっと笑ってしまった。本当にただのミゾタクや。笑

"内と外"の話

こんばんは、2か月ごとに『今月まじやばい仕事まじやばい死ぬかも』という機会に見舞われているわたしです。楽しいんだけど!めちゃくちゃ楽しいんだけどさ!!そしてドリフェス!R地上波放送開始おめでとうございます~~~~!!!全アイドルファンに見てほしいアニメNo.1!!(※わたし調べ)さてそんなわけでお題をいただきました、ありがとうございます。いつもいつも本当にありがとうございます…!

最近ディアドリメンバーをドリフェスの仕事以外で見る機会が増えたなと思うのですが、ディアドリメンバーといる時に見せる顔とその枠から外れた場所で見せる顔とはやっぱり違うなと思います。
海さんはこの違いをどのように見ていますか??

ドリフェス以外で見る機会、とても増えましたよねえ。個人的にはそれが新鮮だな!と思う人もいるし、『ああ元々はこうだったよなあ』と思う人もいるし、すごく不思議な気分です。そう考えると、この2年の中で彼らは『個人が5人集まっているグループ』ではなく『5人のグループ』になってきたのだなあとしみじみ思います。それはやっぱりすごいことなんじゃないだろうか、とも。

とても分かりやすいなと思うのはやはりそーまくんとまさきくんでしょうか。劇プレにいる時とディアドリにいる時は、やっぱり多少なりとも『違う』なあ、とわたしはこの夏劇プレでの彼らの姿を見て感じました。どちらがいいか悪いかとかという話ではなく、劇プレでの彼らは『後輩』だなあ、と。特にPPPの時の姿を見て思ったのは、もちろん遠慮なんかしていないでしょうしそういう風に見えたわけではないけど、すごく後輩感があったというかどこか一歩敢えて下がってるところがあるな、ということです。『先輩を立てる』ではないけれど、ちゃんと自分の立ち位置を自分で決めて、でもその中で没個性にならないようにしっかりとアピールしてる、爪痕を残そうとしてる、という風に見えました。周りにはベテランの方もいるし、すごいキャリアを持った人もいるし、そもそも劇団員の中では決してキャリアが長い方じゃないからというのもあるでしょうし。そんな中でいかに自分を出すか考えろというのは、もし自分に課されたらめちゃくちゃ途方もない気分になるものな…すごいよ…。あとめちゃくちゃ笑ったのはザ・乳首ですかね!!!下ネタ言うそーまくん本当に最高だったし『男子!!!!!!!』って顔してていやもう本当に最高でしょう……あなた前の日富士急でカメラに向かって投げチューしてましたよね……???そりゃ向野さんに「お前…大丈夫か…?」って聞かれますわな……。

あとトミーもボールルームで他の仕事を今継続的にやっていて、これまたドリフェスとは違う顔だな~と思って見ています。あんまりガッツリ追いかけてるわけではないんですが、事前のニコ生でのぶくんとあやねるさんに『喋らない』って言われてたところを見るとあ~~すごい!昔のトミーみたいだ!!ってなんだか懐かしく思いました。笑 ニュアンスがちょっと違うかもだけど、多分彼は元々人見知りというか、結構『無理して人に話しかける』タイプなんじゃないかな?と思ったりするんですよね…。自分もそうなんですけど、特に初対面とか2回目に人と会う、ってなった時に沈黙が怖くてぺらぺら喋っちゃって、別れた後にドッと疲れが出るようなタイプ。もしくは、振られるまでニコニコしてるタイプ。だからなんというか、彼に関してはブラステとかヴォヤージュの時みたいな『ああ、頑張ってるわ…』と思ってしまうところがあります。笑 ほんとね!ブラステの時のトミーほんとに喋らなかったんですよ!!嘘だと思うならDVDでアフタートーク見てください!!笑

何回もこのブログで書いたことがあるんですが、今の彼らにとってディアドリはある種の『ホーム』になりつつあるんじゃないかなと思います。それまで歩んできたキャリアもこの世界に入ったきっかけも全然違う5人が集まって、『グループを作っていく』という工程は、たぶんファンが見ているよりもずっと過酷だったんじゃないかな。もちろん相性とかそういうのもある程度見て決まったメンバー構成だとは思うけれど、それでも『これからこのメンバーでグループとして行動します』って言われて、はいそうですか分かりました頑張ります!俺たちこれからグループだ!とはやっぱりならないだろうなあ、と思うから。

その中でよくも悪くもネックになったんじゃないかな、と思うのは『年の近さ』と『キャリア』です。年が近いがゆえにメンバー同士で注意をしにくかったり、怒りにくかったりすることも初めの方はあったんじゃないかな、と。あとは、ミゾタクのずば抜けたキャリアの長さに最初は萎縮したところがあったりもしたんじゃないだろうかな、とも思ったりします。なんとなく先輩感があるというか、それはいつかのラジオで言ってたそーまくんとかおるくんのタメ口談義もそうだけど。めちゃくちゃ年が離れてるとか、同じくらいのキャリアの人が複数人いて、新人が1人2人とかだったらまだ何となく分かるけどそうじゃないから、最初はものすごく手探り感があったんじゃないかなあ。2015年のAGFの時の写真とかを見ても、自分の記憶を思い起こしても、当たり前だけど今とは全然違うもんなあ。(余談だけど、ミゾタクがそこで変に先輩風を吹かせたりかおるくんが変に萎縮しなかったであろうことが『グループ』として固まった理由の一つでもあると思います。彼ら二人のそういうバランス感覚は本当に信頼に値する)

少し願望も入りますが、だからこそ、5人で作ってきたグループだからこそ、そこが彼らにとって『居心地のいい場所』であってほしいと思います。もちろん『居心地がいい』だけではダメで、そこにはトミーが言うとおり『互いを尊敬し合える』関係であり、かつ『ライバル』であってほしいな、とも。ディアドリというかドリフェスを好きな人ってすごく『箱推し』が多いイメージがあるのですが、それは裏を返せば『誰かが一人が頭抜け出せる可能性がある』ということでもあるということ。だからこそ、彼らにはずっと互いのことを『ライバル』だと思っていてほしい、けれど『ホーム』でもあると思っていてほしいな、とずっと感じています。

www.tvguide.or.jp

(ところでこのインタビュー本当に最高超えすぎてて最高でしたね……やばい……)

少し話がそれるけれど、ドリフェス!Rがすごく『鏡』だなあと思うのは、きっと今の彼らもある種同じような立ち位置にいるんだろうなあ、と思えるところがあるからです。1話で、彼らは彼らの先輩であるところの明日真に『かわいい止まりだな』と言われてしまいます。これって直接そのままではないにしろ、実際の彼らももう『かわいい止まり』ではいられない、いてはいけない場所に立っている、ということを示唆しているんだろうなあと思える。1期の時は『演技がちょっと…』『声優…?』と言われていても、声の演技は初挑戦だから!結成してから日が浅いから!といろんなことを言えたけれど、1期が終わって、グループを結成してから丸2年が経とうとしている今、もう『かわいい止まり』じゃダメなんだ、とファンにも本人たちにも突きつけたのがあのセリフだったんじゃないかな、と思うのです。その言葉と事実を受けて彼らは『個々がちゃんと頑張って、自分の足で立たなきゃダメだ』と再認識するわけですが、それを体現するようにこの夏彼らはドリフェス以外の仕事を各々経験して、そして2期に臨んでいます。現実をそのままアニメにしているとは思っていないけど、意図的に次元を曖昧にして『どちらも成長している』という風に見せているところがこのPRJのすごいところだと思います。

だからこそ、その『立ち位置』というか『空気感』を5人で作ってきたからこそ、ディアドリという場所が彼らにとってひとつのホームであるといいな、とはやっぱり思ってしまいます。そして、ホームである場所に戻ってきた時に見せる顔がふっと和らいだ、緩んだ表情であるといいな、とも。そんなところでこのお話を終わりにしたいと思います、お題ありがとうございました!!

距離と確信の話

こんばんは、わたしです。そうです海です。ファンミ03大阪3公演に行ってきました。先ほど帰ってまいりまして、ただいま10/1 1:20です。昨日6時間足らずしか寝ていないのにまったく眠くなくて目がギンギンです。そういう時はブログ!そんなわけで久しぶりのブログです。大阪ファンミのことをあれこれ書いています。

今回、9/30の昼夜の公演で彼らはしきりに過去のこと、今のこと、そしてこれからのことを話していました。そーまくんが『最初のAGFの頃は誰も自分たちを知らない、PRJのことも知らない中でドリカを半ば意地になって配っていた』というような話をしていて、ああそうかもうそれから2年経つんだなんて思ったりする中で、まさきくんがとても素敵なことを夜公演の最後の挨拶で言っていました。(大まかな訳です)

『配信を見てくれている、まだ僕たちに会ったことのないあなたにも、必ず会いに行きます』

そして昼公演でも、そーまくんがこんなことを言っていました。こちらも大まかな訳です。

『僕も地方の出身だから東京が遠いのは分かるし、飛行機に乗るとか新幹線に乗るとか、そこでハードルが上がるのも分かります。だから僕らが地方のみなさんにも会いに行けるようにこれからどんどん大きくなれるように頑張ります』

それを聞いていてふっと思ったのが、彼らは決して『会いに来てください』とは言わないんだな、ということです。Twitterにも書いたんですが、

普通の、普通のって言ったらおかしいかもしれないけど、まあいいや『普通』なら、こういう時に『会いに来てください』って言うと思うんです。実際にわたしも彼らからお渡し会や握手会とかの違う場所で『また会いに来てくださいね』と言われたこともあるので、それは厳密なレギュレーションじゃないということも知っています。だから彼らが今日そう言わなかったのは、明確に『伝えたい』という気持ちを持っていたからからなんだろうなあ、と思っています。特に夜の回は、配信が入っていたからというのも大きいんだろうなあ、と。

彼らは、特にかおるくんやまさきくんは、よくTwitterやMCで『イベントやライブに来られない方という方の応援も、しっかり届いています』と言います。わたしは、何度も何度もその言葉はやっぱり本当じゃないんじゃないだろうか、上っ面だけの言葉なんじゃないか、と思っていたとここに書いてきました。過去のことのように書いていますが、今だってじゃあ100%信じられるかと聞かれると即答はできません。それくらい、『応援なんて届かないんだろうな』とずっと思ってきたし、もっと大きな話をすると、そう思って生きてきました。

少し話は逸れますが、わたしは九州の出身です。一応『市』ではあるけれど全然小さな町で、本屋さんは2店舗、CDショップも1店舗しかないようなところで高校生まで過ごしました。ネットだってそんなに普及していなかったし、その当時は今以上に芸能人なんて雲の上の存在で、ましてその頃はJ事務所の人たちが好きだったのですが、進学校に通っていたのでライブなんて行けるわけもなく、手紙を書くなんてことも思いつかず、ただ本当に彼らからは絶対に見えないところから絶対に見えないようなやり方で応援していました。今考えれば、応援とも呼べないようなやり方で。だからわたしにはきっと、その頃の感覚が色濃く残っているんだと思います。そしてそれはきっとわたしだけじゃなくて、同じような思いをしてきた人がたくさんいるんだと思います。都会に住んでいる方のように誰もが簡単にライブに行けるわけじゃないし、そもそもそんな資金力もない。どこか燻った形で『応援』していた、過去のわたしのような人が。

今は、その頃とは何もかもが違います。ネットが急速に発達して、リアルタイムで色んな情報を知ることができるようになりました。ディアドリは、というかドリフェスはとても上手にネットを使っているPRJで、キャストも公式もTwitterをやっているし、アプリを入れていればアニメは最速で見られるし、そのまま生配信を観ることができる。情報の不公平感は、だいぶ解消されていると思います。でも、それでも『直接』見ることができる人が減ったわけではない。過去の私みたいに、行きたいけど行けないという人は絶対に一定数います。そして彼らは、そんな人たちがいることを知ったんだと思います。Twitterや、手紙や、ブログのコメントや、色々な形で。そして彼らは、そんな人たちのことを『救った』んだと思っています。彼らの言葉で。

『来られないあなたの応援も、確かに届いています』という言葉は、それだけで大きな意味を持ちます。そしてその言葉の前では、本当かウソかなんてのは分からないけれど、その質問自体が意味を持たなくなります。わたしが単純だからってのももちろん絶対あると思うけど、その言葉が一つあるだけで、まずは『過去のわたし』が肯定されたような気がします。変な言い方だけど、あの時の燻っていたわたしが成仏したような気分になる。どんな風に届いてるのか、『行けないけど~』と言われて彼らがどう思うか、そんなの全然分からないけれど、それでも『応援は届いています』と言ってくれるその言葉には、きっと嘘や誇張はないんだろうなあと思います。

そして何より、彼らは『会いに行きます』『待っていてください』と何度も何度も言っていました。応援している誰かがここではないどこかにいるっていうことも、いろんな事情があって来られなかったってことも、全部知っていてなお、彼らは『会いに行く』と言っていました。応援は力になります、とずっと彼らは言っていて、その『力』を以て、彼らはファンに『会いに行こう』と思っているんだな、とわたしは今回気づいてしまったんです。応援を成長につなげます、応援にパフォーマンスで返します、色々な言葉を今まで耳にしてきたけど、そうではなくて、それ以上の『会いに行きます』という思いを知ってしまった。その、たった一言のその言葉で、期待していいのかな、って思う人がどれだけいるか。武道館!とかドーム!とか大きい夢とはまた別の軸で、『自分のいる、住んでいるところに彼らが来てくれるかもしれない』という夢を、彼らは今回作り出したんです。それが、ミゾタクやかおるくんの口から飛びだした『47都道府県回りたい』という言葉だったんだと思います。

何よりも、センターに立つ彼がこういう感覚を持っていることが何よりの一番の強みだとわたしは思っています。もちろん彼の一存だけで決められることなんてきっとほとんどなくて、スタッフや『大人の事情』や、もちろん他のメンバーやクロフネとも考えながらいろんなことを展開していくんだろうなということは分かっているけれど、こういう感覚を持っている人がいて、そしてセンターに立っているのだから、絶対に大丈夫だという根拠のない自信を持つことができるんだなあと思っています。誰かを置き去りにするのではなく、まずはメンバーやPRJに関わる人たちがしっかりと手を繋いで、その背中をしっかりと見せたうえで『付いてきて!』って言ってくれるんだろうなあ、だから『大丈夫』なんだろうなあ、と。

All For Smile!の歌詞の中に『根拠のない言葉も今は確信になった』『根拠のない言葉も今は約束になった』というものが入っています。わたしはずっとそれを、そーまくんが1stLiveで『ファンミ01の時にいつか武道館に行くって言って、あの時はなんとなく勢いで言っていたけど、今日絶対に行けるって確信しました』と語ったあの言葉だと思っていました。でも、きっとそれだけじゃないんだろうなあと今日改めて知ってしまったような気がします。『会いに行く』も『あなたの応援はしっかり届いています』も、根拠なんて全然どこにもなくて、どうしたらいいのかを知る術もない。でも、それこそ『確信』になったんだろうなあ、と思います。わたしたちにとっての『確信』に。きっといつか武道館もドームも達成できるし、47…はいきなりだと難しいかもしれないけれど、例えば各地方の主要都市でライブできるようになるんだろうなあと、結構本気で思っています。もちろん願望だって入っています。むしろ願望の方が大きいです。でも、本当に叶っちゃいそうなワクワク感があって、そんな『夢』を見させてくれているあの7人がどうしたってめちゃくちゃカッコよくて、最高なんだってやっぱり思ってしまいます。

2年前、本当にファンにとっては何も分からない状態で始まったPRJが、こんなに大きなものに成長した様をありありと見せつけられて本当に本当に鼻が高かったし、ずっと応援してこられたことがとても誇らしかった最高のファンミでした!3年目、いよいよ勝負の年。ここからのまた1年でどんな大きな景色を見せてくれるのか、どれほどまでに『高く、遠くまで』連れて行ってくれるのかが、本当に楽しみでなりません。

『響くもの』の話

こんばんは、気付けばファンミが来週に迫ってきていて若干焦ってきたわたしです。え…?ていうかファンミ02からもう半年以上経ってんの…??またアフレコする?回数を重ねるごとにDDerに求められる演技力がどんどん高くなってきていて笑うあのアフレコする???(※好き) さて、今回もお題をいただきましたどうもありがとうございます!

今回、ご意見を伺いたいのは「DearDream、KUROFUNEの歌はなぜ届くのか」です。
もともと自分がアイドル好きというわけではないのでアイドルの歌をあまり知らない、ということもあるでしょうが、アイドルの歌は、コンセプトに沿って歌わせられているものであり、歌はアイドルの魅力を際立たせる道具にすぎないと思っていました。この人がこんな詞や曲で歌っている(踊っている)というシチュエーションにときめいたり、切なくなったり、ライブが盛り上がったりはあっても、歌はしょせん表面を通り過ぎていくだけ。本当に歌が芯まで届くのは、自分で作り歌うアーティストが奏でる場合しかないって、アーティストの歌もアイドルの歌も少ないながらも両方聴いて思っていました。

ところがです。DearDreamもKUROFUNEも、明らかにコンセプトやストーリーに合わせて作られた歌を歌わせられているにも関わらず、確実に奥のほうに触れてくる。1番好きなアーティストの歌は、歌があきらかに質量を持って心のど真ん中にぶつかってくるイメージなんですが、DearDreamはそうじゃなくてもっと柔らかい、ナウシカ王蟲の金色のアレみたいなものに、いつのまにか包まれてる感じで。KUROFUNEはまたちょっと違うんですが。
とにかく、しっかり届けてくれてると感じるんです。ちゃんと彼らの歌として。

これは、なんなんでしょうか。ご意見聞かせていただけると嬉しいです。

なるほど、これわたしも分かります。自分で歌詞や曲を作れるわけでもない人間が言うとすごくアレに見えるんですが、わたしは『自分で歌詞や曲を作ってこそ"アーティスト"と名乗れる』と常々思っていたし、今もその考えは根本的に変わっていないと思います。けれど『そうでない』人、つまりアイドルや他者の作った曲を歌う人たちを見て、好きになって分かったことは『歌いこなす』こともまた一つの才能であり努力の結果なんじゃないかな、ということです。ただインプットするのは、上っ面だけ流して、さらりと撫でるように知ったかぶりをするのはとても簡単です。けれど、与えられたものを噛み砕いて、自分のものにするためには大きな努力が必要だと思うのです。どうしたら伝わるのか、どう言えば自分以外の誰かの心に届くのか、それを考えるということ自体を考えるだけで息切れがするほどしんどい作業なんじゃないかなとも思います。

わたしはドリフェス以外のいわゆるアイドルアプリをやっていないので他と比較することはできないのですが、ディアドリやクロフネの歌は確かにこの方のおっしゃる通り『コンセプトやストーリーに合わせて作られた歌を歌わせられている』ものだと思います。40曲と少しある彼らの曲の中には特にストーリー性の強いものもあるし、彼らのバックグラウンドがあるからこそ意味を持ったものもある。けれど、確かに意味を持って、聞く人の心に響く何かがある。うまく言えないけれど、わたしは『コンセプトやストーリーに合わせて作られた歌を歌っている』からなのではないかなと思っています。1曲ごとに意味を持っているものもあれば、対になるようにして意味を持っているものもある。どの曲の根底にもドリフェスのコンセプトがきちんと流れているうえで、それぞれの曲に『意味』と『ストーリー』があるからこそ、響くのではないかと思います。

わたしは基本的にドリフェスの曲はどれも好きなのですが、特に好きなのがRのEDテーマ、All for Smile!の歌詞の一節です。『『絶対にみんなをもっと高く遠くまで連れてゆく』根拠のない言葉も今は確信になった』というサビの部分ですが、これって今年の1stLiveでそーまくんが語った言葉そのものなんですよね。うまく言える気がしないのですが、ディアドリとリアドリ、クロフネとリアフネはそれぞれ表裏一体でもあり、だけど二人三脚でもある。7人であり、14人でもある。それぞれの言葉が、経験や感情が、もう片方に取り入れられて、だからこそDDerが見た時にとても『統一されている』と感じるしすごいなと思うんじゃないかな、と思っています。わたしはリアドリから入ったのでどうしても視点が彼ら5人に置かれてしまう傾向にあると自覚しているんですが、彼らの発する言葉を周りの人たちがしっかりと見ていて、覚えていて、それがとてもいい形で反映されている。だから、ドリフェス!というPRJをトータル的に見た時に『ああ、あの時のあの言葉だな』というのが違和感なくスッと入ってくるし、みんなが理解できる。本人たち自身が歌詞や曲を作っていなくても、こんな風に一貫しているPRJだからこそきちんとこちらに伝わってくるんじゃないかな、と思うのです。

そしてもう一つの理由は、彼らが曲に、そしてこのPRJにとても真摯に向き合っているということをわたしたちが知っているからなんじゃないかと思います。少し話は逸れますが、わたしは48Gが元々とても好きで、彼女らを好きになった理由の一つに『裏側を見せるアイドルだったから』ということが挙げられます。ドキュメンタリー映画や番組、インタビューやブログで彼女たちが悩んだり泣いたりするところを見て好きになって、応援するに至った。ディアドリやクロフネは彼女らのように『裏側』を遠慮なく映し出すということはしないけれど、それでもこのPRJが発足して丸2年になろうという今になってあの時は…という話がぽろぽろ出てくるようになりました。その中には、『ダンスと歌を同時にこなすのに必死だった』とか『最初は歌っている風景が見えなくて怒られた』と言うような、『キレイな面だけを見せる』アイドルなら本来言わなくていいようなこともたくさん含まれています。ブルーレイには彼らが真剣なまなざしでレッスンを受けているところも、『どうしたらもっとうまく魅せられるか?』と考えているところも映し出されています。そういう『裏側』を見ているからこそ、彼らが生半可な気持ちでこのPRJに挑んでいたわけじゃないということが伝わってくるからこそ、彼らが生み出してきたものがファンに響くんじゃないかな、と思います。

また少し話は逸れますが、今年の頭くらいまでわたしはずっと『彼らはこのPRJを本当に楽しめているのだろうか』と心配していました。劇プレ組は本公演にも出られていない、ミゾタクやトミーはそれまで軸足を置いていた演技の仕事をセーブしている、クロフネはまったくの畑違いの仕事、という状況で、このPRJに関わったことを良しとしているのだろうか、と。今考えれば失礼極まりないなと思うしこちらの勝手な杞憂だと理解できるのですが、それくらいこのドリフェスというPRJは彼らのキャリアの中で『特異』なものだと映っていました。それが払拭されたのは、特にこの半年くらいで彼らがいかにこのPRJを大切に思っているかを彼ら自身で表現し、体現してきたからなんじゃないかと思います。二度目の全国行脚、1stLive、Rのアフレコ、上海やおれサマーといった外でのライブ、リリイベ…。ドリフェスだけでこれだけの仕事をこなしながら、全員が何らかの『外仕事』をしていました。去年がドリフェスの素地を作るために他をセーブしていた年なのだとしたら、今年はそこで作った地面を力強く踏みしめてジャンプする年なんじゃないかと思います。そして、そんな風にして『ドリフェスというPRJ』がいかに大切な場所か、ある種の『ホーム』であるかを彼らが作り上げていく様を目にしているからこそ、彼らが生み出す『何か』はまっすぐに心に響くんじゃないかと思うのです。彼らが大事にしている場所から生み出されるものだからこそ、しっかりと響くのではないかと。

多少の贔屓目が入っているのは承知なのですが、彼らはこのドリフェス!というPRJに対してとても『真摯』だと思います。それと同時に、何らかの『覚悟』を抱いているのではないだろうかということも伝わってきます。年齢的には決して若すぎるわけではないし、キャリアとしては他の声優さんに比べればまだまだ、けれど1期を経験した今となっては『新人だから』という言い訳はもう通用しない。まさにRで描かれている状況と同じでデビューという大きな壁を一つ乗り越えたからこそ次のフェーズに立ち向かわないといけないし、そこで『成長した』ということを証明しないといけない。そんな中で『彼らの歌は響く』という思いをたった1人でもファンが抱いたのなら、それは彼らが成長した証明の1つなんじゃないかと思います。『応援』がキーワードになっているPRJだからこそ応援したくなるような仕掛けはたくさん転がっていて、どれか一つでも心の琴線に引っかかったらそこからはいろんな世界が広がっているのがこのPRJです。そんな中で、彼らが歌う歌が『ちゃんと』届いていたのなら、それもまた彼らの武器になるんだろうな、というところでこのお話を終わります。お題どうもありがとうございました!(うまく答えられていなかったらすみません…!)

ドリフェス!Rはすごいという話

みなさまこんばんは、初秋の金曜の夜いかがお過ごしですか。ごきげんよう、わたしです。浮かれてるだろ?久しぶりの土日連休だからだぜ……8月めちゃくちゃ忙しかったんだぜ……そんな中で片想いとウラブー観に行けたの本当に奇跡だったのではないだろうか、どちらもとても最高でした本当にありがとうございました。

さてそんな色々バタバタしてる中でドリフェス!Rが始まったわけですが、このブログ読んでくださってる方の視聴率は99.9%だと思うんですが、いやもう信じられないくらいに信じられないんだけど信じられなくないですか???ちょっと今日冷静に喋れる気がしないんだけどまあいつものことなので見逃してください、とにかく3話までOAされたこのタイミングで何かしら書いておかないとこの先どうなっちゃうの~!?みたいなテンションになりかねないので書をしたためるに至りました。テンションがアレなのはいつものことですが今回はいつも以上にアレです。

まず1話、何がすごいって『"かわいい”止まり』というある種アイドルのタブーに踏み込んだ言葉が1話からぶっ込まれたことだなとまず思います。『まず』って2回言っちゃったわ、まあいいや。とにかくアイドルはね、かわいいんです。カッコよくもあり、かわいいものなんです。なんとなくそんな風に定義づけられてるんです、男女問わず。けれどそれを、先輩の口と目を通してかわいい『止まり』だなとバッサリ斬って捨ててしまった。そしてその後、1人1人が自分の足で立たないといけない、『勢い』だけじゃダメだ、と5人ともが自覚する。DearDreamは、そしてこのドリフェスというPRJは、いつも2次元と3次元の彼らが鏡合わせのようになっていますが、もしかしたらこの部分も3次元を2次元に映し込んだものなのかもしれないなと思うし、逆にこの後3次元の彼らがそう思うのかもしれないなとも思います。もしかしたら3次元の彼らはまだ『かわいい止まり』かもしれないし、1人1人が自分の足で歩いて行かなきゃ!と自覚したばかりのタイミングなのかもしれないし。

Rの大きなテーマは『本当のアイドルとは?』だけど、その前に大前提として『”アイドル”って何だ?』というところから始まるのかなあ、ともわたしは思っています。それは2~3話のクロフネ回にも繋がっていくんだけど、アイドルってともすれば『アイドル(笑)』とも取られかねないような立ち位置にいると思っていて、けれどそれでもアイドルという道を選んだ彼らがどうやって『本当のアイドル』になっていくのかな、というところを描いていくんだなというところを1話で大きく見せつけられたような気分。先行上映の大きなスクリーンで見て、明日真の『カワイイ止まりだな』というセリフが本当にぶっ刺さりました。まあ『カワイイ止まり』にしてしまうのは、失敗したりこれどうなの?と思うことがあってもファンが『かわいい~!』で終わらせてしまってるからじゃないだろうか、と思ったりもするけどまあそれは一旦置いておいて。そして、そこから自分たちの足で立って、お互いを頼るんじゃなくて1人ずつ進化していかなきゃ、と決意し直すシーンがあるのは本当に見ていて気持ちがいいです。ディアドリもリアドリも『現状』で満足する人たちじゃないと分かるからこそ、本当に彼らはすごいなあと思わざるを得ないし応援したいと思ってしまう。適切な言葉が見当たらないのだけど、本当に『2期を作ったことを納得せざるを得ない1話』だと痛感しました。

そして2話と3話のクロフネ当番回、未だかつてこんなに長い1週間を過ごしたことはありませんでした。胃が痛かった。しかしドリフェスのいいところは、アプリという『今』を先に見せた上でアニメを『過去を映すドキュメンタリー』として扱っているところだなとつくづく思います。何をどうしたって『今』の彼らは楽しそうだし仲良くやってるんだからと思えるのは心理的負担がなくてとても良い……しんどくない…もう最近しんどいアニメが辛いから…(心が弱っている)しかしすごかったのは、1期のあの棒立ちだと誰もが思っていた勇人さんの立ち姿が伏線だったところです。まさかあれが伏線だとは思わないじゃんね…そうか……すっげ~~~!!(頭の悪い発言)

なんというか、わたしは個人的にずっと勇人さんのことをよく分からない人だなと思っていたところがあって。パーソナルな部分を積極的に出してくるわけでもないし、圭吾みたいにショコラと言い張ってるけど本当はラーメンが好き!みたいなのが分かるような脇の甘さがあるわけでもなくて、なんて言うんだろ、本当に『なんでアイドルって道をわざわざ選んだんだろう?』とどこか思っていたんですよね。『今』であるところのTwitterやアプリでもあんまりそういうところを出してこないからなおさら分かりにくくて、分からないからこそ一歩引いてしまうところがあったという感じ。けれど2話、そして3話を見てそれがだいぶ解消されたような気がします。というよりも、すごく腑に落ちた感じがした。探している人がいて、その人に届けたい音楽があって、ずっとライブハウスで歌ってたけど届かなくて、じゃあどうしたらいい?大きくなればいい、という考えでD4プロに入って、でもアイドルになるには1人じゃダメで、そこに顔のキレイな圭吾がいたから彼を誘ってアイドルを始めて、ってのはすごく短絡的だけどとても分かりやすいものであって、ものすごく『高校生っぽい』んですよね。そして、ステージでアイドルとして振る舞う圭吾を見てかっけー!と思って、アイドルってすごいと思って、アイドルってすごいかもしれない、新しい自分を見つけたような気がした、ってのがなんというかもう……エモい…(語彙力)

そしてすごく『ああ、彼っぽいわ』と思ったのが、勇人さんは余計なことを自分からは喋らないけれど『お前がいてくれる』という絶対的な信頼を圭吾に持ってるってところですかね……まあそれをこれまで言葉に出さなかったことですれ違ってるんですけど…。わたし、3話を見ていて二人とも『互いに人生変えられた』と思っているところがものすごくクロフネだ~~!と強く思ったんですよね。何度も言ってるんですけどディアドリがあの5人になったのは『運命』だと思っていて、一方でクロフネは『必然』だったんじゃないかなと思っていて。どちらも出会うべくして出会った、という感じはするんだけど、なんというか、ディアドリはもし1歩違っていたらまた少し色や形の違ったグループができていたんじゃないかな?とどこか思うこともあるんですよね、それは未完成だとか形が歪とかそんなことを言いたいんじゃないんだけど。逆にクロフネは、もし1歩どこかで違っていても絶対に最終的には出会っていたんじゃないかな、今の形になっていたんじゃないかな、と思うことがままある。リアフネが醸し出す『熟年夫婦』感がそういう風に見せているのかなと思うのもあるし、もっと言えばリアフネのお二人がリアドリよりも年上なことに起因する落ち着きがそう見せてるのかなと思うこともあって、いい意味で空気感がクロフネの二人に輸入されているととても感じます。3話でF2F来るかな?と思っていたのに実際は新曲でちょっと肩透かしを食らった感じもあるけれど、なんとなくこの後、それこそ最終回近辺でまさに『満を持して』歌うんじゃないかなと思っています。そんなの今から死ぬ気しかしねえ。

フォーマットとしては1期同様『3話までで見る人の心を一気に掴む』というつくりで、2話と3話を1セットにするところまで同じなのでここからはオムニバスが続きつつ細い糸が根底に流れているような感じなのかな?と思います。1期のいつきの悩みみたいな感じで、どこかでバン!とそのお当番回が来る予感もある。わたしが勝手に考えた伏線もついでなので貼っておきますね(見せたがり)

いやしかし、こういう言い方するのは良くないって思ってても言わざるを得ない、『ドリフェス!Rを見ない人生はちょっとだけ損をしている』と……。見てお金持ちになれる!モテる!仕事が早上がりできる!みたいな進研ゼミ感はないけど、なんだろう、幸せにはなれるよ!?と真剣な目をして説いていきたい。あと進研ゼミを始めても仕事早上がりはできない。何が怖いってこれ、WEB放送が約2か月先行しているので来月からこれが地上波で流れた時にいろんな人のいろんな反応が見られるところです。楽しみでしかない。楽しみしかない。最終回の辺りとか本当に毎分泣きながら見てそう……ほんとこの人やばいしかわいそう……。

『応援』の話

劇団プレステージの『URA! URA! Booost!』を見てきました。その中で、痛いほどにぶっ刺さった台詞がありました。そこから派生して考えた、『応援とは?』という話。ウラブーの思想や台詞のネタバレが挟まれているので続きは一応隠しておきます、その辺りは自己責任で何卒何卒。

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初舞台、初日、の話

かおるくんの初舞台『片想い』の初日に行ってきました。元々はあまり積極的に行こうとはしていなかったのですが、ちょうど今シフト制のような仕事をしていて平日に休みを取りやすい環境だったのと、TLで見た『初舞台の初日はその人の俳優人生で1回しかない』という言葉に背中を押されてチケットを取って行ってきました。

結論から言うと、観終わった後に『よかった』という気持ちでいっぱいになりました。そこにはいろんな感情が含まれていて、一番に思ったのは『無事に終わってよかった』ということ。前の日の生放送、しかもかなり遅い時間のそれや、前週の上海で喉の調子がよくなかったこと、その前の週のおれサマーなどもあってかなりタイトなスケジュールの中での稽古だったこと、心配だった要素は数えれば枚挙にいとまがなかった。何よりも、それが彼の『初舞台』であるにも関わらず発表もかなり近々で、十分過ぎると言うには足りないだろうというのが外から見ていても分かるような稽古の時間だったことがあって、本当に大丈夫だろうか、という心配がずっと付きまとっていました。

けれど初日のあの舞台に立っていた彼はやはりというか意外にもというか、ビビる様子もなく、周りの先輩方に臆する様子もなく、2時間のお芝居を終えて、凛と胸を張ってカーテンコールに立っていました。いつもより低い声の出し方、普段だったら絶対しないような動作、喜怒哀楽の『怒』や『哀』。『千弦』でも『かおるくん』でもない、その役を全うして、生きようとしている姿がありました。始まって1時間も立ってないのに、汗が光ってるのが見えるくらいに必死で、舞台の端から端まで走ったり、誰かにしがみついたり、舞台に這いつくばったり、客席に背中を向けて顔が見えない状態でお芝居したり。わたしがこれまで見てきた姿はほんの一部でしかなかったんだな、新しい一面が彼にはあったんだな、というのがものすごい風力で感じられました。

彼の演じていた役は、台詞がとても多い!とか、鍵になる役!とかでは正直ないと思います。けれど、彼がいることで物語が少し動きます。とある登場人物が、少しずつだけど変わるきっかけになります。そのエピソードがあることで、彼自身もどんな人なのか、どうしてそういう振る舞いをしたのかが明らかになります。その後に、彼の振る舞いも少しだけ変わります。贔屓目はたくさん入っているでしょうし、甘い見方をしているとも思いますが、それでもあの役を彼が演じられたのはとても嬉しかったし、初めて舞台を踏む彼の役があの役で本当に良かったと思います。

そして、『彼がこの舞台に出られて本当によかった』とも思いました。近しい年代の子が適度にいて孤立することもなく、ベテランの先輩方も多くいて学ぶことも多く、そして何より樫田さんの演出で初舞台を踏めたのは幸せな、恵まれていることなんだろうなあと。わたしあたっくで岡森さん(あたっくでは兵糧長、片想いでは園長)の演技を初めて見てから本当にすばらしい役者さんだなあ、とすっかりファンになってしまったのですが、まさきくん然りかおるくん然り、そんな偉大な先輩と一緒の板の上で対等にお芝居をできることはとても幸せなことなんだろうなと思うのです。何より、舞台上にいらっしゃる年長組の方の佇まいや立ち居振る舞いがすごい。IZAMさんも津田さんも、背中と芝居でいろんなものを、いろんなことを教えてくれる方なんだろうなと思いました。一緒に演技をしていく中で学ぶことが本当にたくさんあって、ピリッとする瞬間もふわっとそれが瓦解する瞬間もきっとたくさんあって、その毎日が刺激になっていたんだろうな、と。

もし彼が『役者』という道を選んでいなかったらこの舞台に立つことも無かっただろうし、その道を選んだとしても、もし少しでもどこかでタイミングがずれていたら、わたし自身もこんな風に『誰かの初舞台の初日』を見ることは無かっただろうと思います。決して大きすぎない劇場のカーテンコール、適度に近い席で見上げた彼の表情は本当に晴れ晴れとしていました。ある種、孤独な戦いだったんじゃないかなと思います。DearDream以外の初めての外仕事、周りの4人は『先輩』であること、実際のカンパニーは大先輩が多いことに加えて、DDとしてのスケジュールもびっしり埋まっていて余裕を持ったスケジューリングはきっとできていなかっただろうこと。いつもきらきらしている彼のTwitterが、稽古終盤になるにつれてどことなく余裕がないというか、少し落ち着いたテンションになったのも、何となくの心情の変化があったのかな、もしかしたら少し余裕がないのかな、と思っていました。

けれど、初日のあの場に立っていた彼の佇まいは本当に凛としていて、これまで見てきた姿のどれとも違っていて、なんだか応援している方までも誇らしい気持ちになれるような気がしました。『自分が応援してきた人はこんなにカッコいいんだよ、こんなに素敵なんだよ』と思わせてくれるような姿でそこに立っていました。きっと初日だけではなくて、これからその姿を見る人にそう思わせてくれるんだろうなというような姿で。

とまあ長々と書いたのですが、とにもかくにもかおるくん初日そして二日目本当にお疲れさまでした!!たくさん直さなくちゃいけないところもあるだろうし、もっともっと良くなるであろうところもあるだろうけれど、あの姿を目に焼き付けられたことは本当に誇らしいです。千秋楽までケガなく、最後の瞬間まであの役を演じきれますよう!