Thirsty Thirty

生活、ときどきオタク

推しが退団した話

推しが、所属していた劇団を辞めた。オフィシャルには『退団』と出ていたが、残った方たちは『脱退』と言っていた。それはどちらでもいいが、とにもかくにも彼は、5/31に約5年半所属した劇団プレステージを辞めた。
正直に言うと、驚いた。退団発表された6名の名前を見てああやっぱりと思う人もいたし、えっどうして!?と思う人もいた。最後に推しの名前を見つけた時、なんとも言えない気持ちに襲われた。やっぱりともどうしてとも思わず、そうか、とだけ感じた。わたしの中ではプラスにもマイナスにも気持ちは動かず、ただ、そうか、としか思わなかった。『思えなかった』のではなく。

わたしが推しを知ったのはドリフェス!というPRJからだったので、彼が劇団に所属していることもその劇団のことも知らなかった。アミューズという事務所の中に劇団があることすらも知らなかったが、2名は外部の舞台で見たことがあったのであああの人たちだ、と思った記憶がある。
ドリフェスありきで知ったので、わたしは推しを知ってから1年強彼のお芝居を見たことがなかった。もっと言えば、劇プレでの推しの演技を見るまでには約2年を要した。それくらい最初の1年はドリフェスに全精力を賭けていたんだなということを今になって改めて感じるけれど、当時の自分はそれを喜ぶべきなのかどうなのか、とても複雑な気持ちで見ていた記憶がある。わたしはずっと、彼は『お芝居をしたい人』なのだと思っていた。だから、声のお芝居やダンスや歌をやることに対して彼はどう思っているのだろう、本当はお芝居がしたいんじゃないだろうか、と思っていた(結果的に、それは私が見誤っていたと数年越しに知ることとなるのだけれど)。

ストラボやイベントで『劇団の中における推し』を知っていってからは、少しずつ劇団自体も見るようになっていった。DDでも劇プレでもなんとなく推しの立ち位置は変わらなくて、そーまくんの位置はちょっとだけ違うなと感じつつも、『そういう感じ』なんだなと思うようになっていった。年下で、ちょっと抜けてるけどすごく可愛がられるタイプで、でも馬鹿にされるわけではなくしっかりといい役を勝ち取るタイプ。特にわたしが見たウラブー以降の劇団公演ではどれも役名付き、しかもわりと中心となる役ばかりだったから、彼は劇団においてある種のキーマンだったのではないかと思っていた。そして言い方は悪いけれど、『新しいお客さんを引っ張ってくる』ことを期待されていたんじゃないだろうかと感じていた。それは推しだけに限らず、DFに関わる3人がそうだけれど。
とは言え『似たような役が多いこと』を気にしているフシがあるのも感じていたし、それは劇団における立ち位置がそうさせているのかなとも思うようになっていた。声をイジられたり、年下という立ち位置的にイジられたりすることも多かったけれど、それが『イメージ』としてなんとなくついてしまっていて、それを打開できるほどの機会がなかったということでその状態がズルズル続いているのかな、と。
もちろんそれを劇団のせいにするつもりはまったくないし、そのイメージを打破できるほどの幅が本人にまだなかったからということもあると思っている。『思った以上に本人が気にしているな』というのは特に今年に入ってから彼の発言で感じていて、だからこそ、乙であったり相模といったような『これまでとちょっと違う役が続いて、それを自分のモノにしたという自信がついた今』だからこそ、彼は劇団を抜ける決心をしたのではないかなと思う。

そしてもう一つ、彼はドリフェスというPRJを通じて、彼自身の大きな目標を見つけたのではないかな、と思っている。このPRJでは、ファンが見ているだけでも大変そうだなと思うようなことをたくさんやってきた。行脚、ダンス、歌、声のお芝居、実際のお芝居、バラエティ、生配信、リアルイベント…多分それは、劇プレの中にいるだけではでき得なかったことだ。PRJのオーディションに受かったのは彼自身の技量があったからだし、こういうイベントを自分ごととして受け止めてモノにしたのも彼の技量があったからだ。
ここからは憶測になるけれど、彼はきっと『応援してくれている人に何かしらで応えたい』という気持ちが人より少し大きい。そしてそこに、『可能な限り近くで、直接伝わる方法で』という要素が入っている気もする(本人もファンもそれを求めていると分かるし、それが合致しているのはある意味奇跡だなと思っている)具体的に言えばリリイベとか、握手とかハイタッチとか、そういうのに抵抗なく参加できる人だと思っているけれど、じゃあそれが『劇団の中にいたらできないことなのか?』という気はしている。
これまでだってそうしてきたじゃないかと思うけれど、どうなんだろう、もしかしたらどこかで『劇団員なのに』という思いはあったのかもしれない。一人の俳優としてなら当たり前のイベントかもしれないけれど、『劇団員』として動くとなると…、という見え方があって、それをもしかしたら気にしていたのかもしれない。彼本人にということではなく、周りの視線としても。特に、彼がいま強くやってみたいと思っているだろう歌やダンスは、ミュージカル俳優でもない限り舞台上で求められることは多くない。じゃあミュージカル俳優になるか?と言われれば本人には全然そんなつもりはなさそうだし、『そちら』ではないんだろうな、というのも分かる。もしそうだったらごめんな推し、がんばってくれ。

劇団にいるということは、『ホーム』があるということだ。何においても劇団のことを最優先にしないといけないということではないけれど、これまでの劇プレの性質上、彼らには何かしらの役割が与えられていて、それをきちんと遂行することが求められている。小屋入りとか稽古場のバラシとか、他の舞台だったら自分たちでやらなくても良いことも求められる(他の舞台でももしかしたらやってるかもしれないけれど、頻度は低いだろうと思われる)
それはきっと、実家ぐらしとよく似ている。家にいれば、ある程度家のことをしないといけない。自分の意志で動くこともできるけれど、家族からの声を無視することはきっと難しい。社会人になってから実家ぐらしをしたことがないから予想でしかないけれど、自分ひとりだけで好きなように生きることは、一人暮らしに比べると少しだけ『枷』ができるようなものなんじゃないかとわたしは思っている。だから家を出る決意をして自分だけで歩いていこうというのは、ある種自然な流れなんじゃないだろうか。

この決断をいいとか悪いとか言うつもりはこれっぽっちもなく、判断するつもりもまったくない。誰かの決断を肯定したり否定できるのは、その人自身でしかないからだ。劇団という家がこれまで『守ってくれていた』のかは伺い知れないけれど、家を出る決意をしたのであれば、自分についている看板を外すのであれば、自分だけでどうにかしないといけないことだってきっとたくさんある。
当然そんなの分かった上での決意なのだろうから、誰かにそれを否定する権利なんて本当にひとつも、これっぽっちもない。何も知らない人間が、否定できるわけがない。だとしたら、これまでと変わらず応援しようとわたしは思った。なにかが変わるかも知れないし、何も変わらないかもしれない。それならそれでいい、もしかすると『わたしの』何かが変わるかも、変わらないかもしれないんだから。

家族だ、仲間だと、『家』は言ってくれている。本人としては戻りたいという気持ちは無いかもしれないし、そういう気持ちで安易に抜けたのだったらふざけんなと思うけれど絶対にそうじゃないんだろうということはこれまでを見ていればなんとなく分かるので、これからの行く末を見ていたいと、今思えるのはそれだけだ。推しも、劇団も『岐路』に立って、それぞれが新しいフェーズを迎えている。ハードルは上がるけれど、そうであろうこともきっと彼らはとっくに知っている。だから、6月の主演舞台(もう『外部舞台』じゃないんだな)も9月の劇団の本公演も、新しい気持ちで見られるだろうということが楽しみだ。

『ピリオド』の話

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4/3、ずっと見たかったあの日の光景が手元に来た。あの日見たものと同じであり、あの日じゃなきゃ見られなかった光景もたくさんあり、そしてあの日とはまた違う気持ちで見れるものもあり、最初から最後まで泣きながら見た。直前までげらげら笑いながら見てるのにいきなり涙腺の蛇口死んだんじゃ?ってなった。まあ涙腺の蛇口はいつだって死んでますよね。

わたしは、10/21からもドリフェスに『続いて』ほしかった。何らかの形で、目には見えなくてもいいから、ドリフェスというこの大きなPRJがその後も続いてほしかった。時々思い出したようにCDを出してほしかったし、時々思い出したように二次元の彼らののTwitterが動いてほしかったし、三次元の彼らにもドリフェスの話をし続けてほしかった。ずっとドリフェスが続くわけないと、それはもしかしたらいつか彼らの『枷』になるかもしれないと思っていたけれど、それでも今終わるべきではないと思っていた。

一方で、このディスクに映っているあの日の彼らは『その先』を見据えているようには見えなかった。補足しておくと、悪い意味でそう言っているわけではまったくない。武道館前のさまざまなインタビューでずっと彼らは『このステージを集大成にしたい』と言っていて、わたしはそれがすごく嫌というか、ただただ寂しかった。集大成ということは、その後の予定はない、何も考えていないと言外に言われているような気がしていたから。集大成にするなら『第一章』のそれにしてほしかったし、そこから後も、これから先もずっとドリフェス!というPRJを続けてほしかった。終わらないよ、いつか帰ってくるよと言って、約束してほしかった。
けれど、ここに映っている彼らの誰からも、『その先がある』という甘えにも似たような感情は、一切感じられなかった。今ここで、全部を出し切って、そして明日からまた歩いていくための一歩を踏み出す、そこにあったのはそれだけだった。あの日感じられなかった彼らのその『覚悟』を半年以上も経ってからやっと知るだなんて、ちょっと恥ずかしい。もし彼らの中の誰か一人でもにそんな甘えのようなものがあったとしたら、あの日見たステージは叶わなかったのだろう。そういう意味では、あの7人が、14人が同じ気持ちで同じ方向を見ていてくれたことは奇跡以外の何者でもないのだと改めて感じる。

一つ、とても印象的なシーンがある。Disc2、Day2のバックステージ、全て終わった彼らが舞台裏でDDerの合唱を聞いているシーン。涙してる人もいれば、聞き入っている人もいれば、笑っている人もいる、とても『彼ららしい』場面。
その中で、どうしても忘れられない顔があった。『余韻に浸りたい』と言いながら、『ここで寝るか』と笑いながら、その空気を感じ入るように最後まで武道館のフロアにいた、DearDreamのセンター、そーまくんのそれ。

わたしは正直、最初から彼のことがずっと分からなかった。子供みたいに笑うけど、絶対に泣かない。いつだってすごく真剣だけど、どこか掴めない。自分が好きなタイプが『喜怒哀楽、感情が分かりやすい人』だということもあって、彼のことは本当につかめなかった。どんな会話をしていいのかも分からなかったし(いまも分からないけれど)熱い人なんだろうなというは分かるけれどその熱がどれほどのものなのかを、いまいち測りかねていた。
武道館の最後の最後のMCですら、彼は泣かなかった。『ああ泣かないんだな』と、現場で見ていたわたしは思った。分かってたけど。本当は、ちょっとだけそれが不満だった。ドリフェスに対する熱量が青天井じゃないってことを、『わたし』が分からなかったことが。

けれど決してそうじゃなかったというのを見せつけたのが、彼のあの顔だった。あのシーンですら彼は泣いていなかったけれど、あの表情にわたしはハッとした。泣いているから悲しいのだ、泣いていないから悲しくないのだと思うこと自体が間違っていて、何も感じなかったなんて、きっとそんなことはなかったんだろうと思わされた。あの表情は、彼の3年間を確かに映し出していた。それだけで十分だったし、あの表情を見た瞬間にほんの少しだけ彼が分かった気がした。
あの瞬間に、彼のあの大きく驚くほど美しい目が見ていた先には何があったんだろうか。過去だったのか、思い出だったのか、それとも『明日』からの『未来』だったのか、それともどちらともだろうか。

少し巻き戻るけれど、ETERNAL BONDSの彼の最後のあの晴れやかな表情はきっと、DearDreamとしての、ドリフェスとしてのすべてをやりきったという満足感と充足感に満ち満ちていたからこそ出てきたものなんだろう。わたしが初めて触れた、彼のきっと一番熱い場所の、ほんの一部。それを、この『集大成』の時に知らしめるなんてまったくずるい男だ。

これは2月の自分のつぶやきだけど、まさにその通りだった。あの日、あの場所だけでは見られなかった彼らの表情がBlu-rayによって『補完』されてそれがあまりにも美しかったから、そしてある種自分の望むようなそれだったから、 わたしは自分のドリフェスという『物語』の一文目にピリオドを打つことができた。いつか望んだ『美しい終わり方』に近づけたんじゃないかなと思うし、それはやっぱりすごく幸せなことだ。どうしたってこのPRJを好きになってよかったと思わされるのだから、まったく、悔しい。

成長と進化の違いの話

推し個人とも、推しているPRJとも直接関係ない話なのだけれど、わたしは某有名2.5タイトルが得意ではない。得意ではないというよりも、ものすごく『苦手』だ。そんなわけでこんばんはわたしです。東京は今年初めての雪らしい雪です。

話を戻すけれど、じゃあなぜそれが苦手なのかというと、一つはとにかくそれを勧めるファンがあまりにも多くて辟易としてしまったこと。わたしは元々ジャニオタでそこから48オタを経て今のジャンルにハマっているので、比較的『生身の人間』に免疫のある方だと思う。この字面だけ見ると頭おかしい人の発言だな、まあいいや、だからこそ今のジャンルにはまり始めた頃にすごくいろんな先輩方に『あれ見なよ!』と死ぬほど勧められた。というか、未だに勧められる。
一方でわたしは『みんなと同じ』ということがあまり好きではなく、自分の好きなものは自分が選ぶ、という思考が強い。だからブワーーー!と流行っているジャンルがあってもリアルタイムでハマるということはあんまりないし、むしろピークが過ぎてからえっなにこれめっちゃ面白いやん!と遅れてハマることもザラだ。だからかもしれないけれど、『みんなに勧められるから反発する』というクソ天邪鬼な思考を以て得意としていないんだろうなと自分では思っている。でも、同じような界隈に住んでいる人10人中7人に『いいから見なって!』と言われて辟易とする人ってわたしの他にもきっといると思うんだよなあ、たまたまそれがマジョリティタイトルだからなおさら母数が多いというのもあるかもしれないけれど。

しかし、理論は分かる。2.5次元モノを通ってこなかったわたしでさえもタイトルを知っている超有名作品だし、一種の登竜門だ(だった?)と思うし、原作も途中まで読んでるからキャラクターのビジュアルと名前もある程度一致するし、なんと言ってもそこから若手俳優がたくさん排出されている、だから面白いよ!という理論だ。分かる。わたしが心の中で勝手にステージ界のジュ…ンスーパーボ…イオーディションと呼んでいる(呼ぶな)それは、だから『青田買い』という意味でも見ていておもしろいんだろうなと思う。あまり名の売れすぎた俳優さんが出ているイメージがないので、言い方は悪いけどこれを『踏み台』にしてのし上がっていく一種のタイトルでもあるように見える。帝劇俳優も声優も有名俳優もいるし。もちろんそれは、勝ち取ったその役をしっかりと演じきってこそなし得られるものだと思うけど。

あとは単純に、言い方は悪いけれどあのタイトルに捕まるとすごく『それだけ』になってしまうように見える。在籍期間(というのは多分正しい表現ではないけれど)が長いから必然的に他の仕事より優先しないといけないんだろうなと思うし、その結果自分の元々の仕事をセーブせざるを得なかったように見える人もわたしが知っている数少ない俳優の中で何人もいる。もちろん、あのタイトルが好きな人からすればそれは願ったり叶ったりなんだと思うし、その中での『成長』が見られるのはすごく楽しいんだろうなというのは分かる。けれど、飽きっぽいというか好きなものを好きだと受け入れられるまでに長く時間がかかるわたしにとってはそこはマイナスでしかなかった。

とは言えここからが本題なのだけれど、そしてこれはこんだけ前振りしたくせにこのタイトルだけに限った話ではないけれど、『公演期間中に成長する』のって、果たして観客が望んでいることなのだろうかとわたしは思う。もちろん、レベルが低いところから始まって千秋楽まで低いままで終わっていいわけではまったくない。そういうのは金返せとまでは言わないけど1回でいいな、と思う。あと見極められなかった自分に嫌悪感がある。そしてすごく難しいのは、『進化』と『成長』の違いだ。
例えば10公演あるとする。初日幕が開けて実際に観客の反応を見たら思いの外ウケなかった、間延びした、意味が伝わってなかった。だからシーンをカットする、セリフや演技プランを変える。これは『進化』だ。より良いものを作って、話としてメリハリや山場を作って、感動したり色んな感情を持って帰って欲しい、それはすごくプラスだと思うしいい役者・演出家・制作陣だなあと思う。
一方で、初日はセリフを飛ばしてしまった、踊れてなかった、緊張でガチガチだった、演技がイマイチだった、というような人が千秋楽には良くなっている。『良い』かどうかは置いておいたとしても、『見れる』レベルになっている。これは『成長』だ。そしてこれは、少なくとも公演が始まる前までに習得しておくべきものだ。もしかしたら初日のその仕上がりが既に『成長』した結果だったのかもしれないけれど、だとしたらレベル低くない?と思ってしまう。

これは2.5だけに限った話ではないし、わたし自身が2.5作品をほとんど見たことがないのでどちらかというとオリジナルの舞台での経験談がベースになっているとは思うけれど、カーテンコールでたまに主演が口にする『千秋楽に向けてもっともっと高めていきます』的な言葉も好きではない。カンパニーの千秋楽はその日かもしれないけれど、観客の千秋楽がその日とは限らないということを分かってるのか?と思うのだ。
押し付けがましい言い方をするつもりはないけれど、舞台を見に来ている人はそれなりにスケジュールや仕事、お金の算段を付けて来ている。初日を見れない人も、千秋楽を見れない人も大勢いる。初日がスタートでそこからどんどん成長した千秋楽がゴールなのだとしたら中日は成長途中ということになるけれど、そんなことを言われてしまうと『ああこれは完成形じゃなかったんだな』と感じるし、気が立っているときなんかだと『途中過程のものを見に来たわけじゃないんだけど?』とすら思ってしまう。そういうテーマを大々的に掲げたものだったら納得はするけれど、多くの場合そうじゃないでしょう、と。そしてこれは大枠としての舞台だけではなくて、役者個人にも言えることだと思う。『まだまだできる』と『これからもっとやれる』の線引きってすごく難しい。できるんやったら最初からその力出してよって思うし、かと言って毎回毎回同じ水準のものを見せられてもってなるし。

見る側の問題ももちろんある、元々舞台ってそんなに毎日毎日足繁く通うものでもなかったんじゃないだろうか。だから、『同じである』ということはいつ見ても同じレベルのものを見せてもらえるということと同義だったはず。でも今はそうじゃなくて、役者や脚本家、演出家にそれぞれファンが付いて、自分の選択で何回も見る人が圧倒的に増えて、その中で『毎回同じってどうなの?』『公演期間中に成長するって何見せられてんだ』と思うようになってきたんじゃないかなと思うのだ。なぜなら、例に漏れず自分がそうだから。
役者に求めるハードルが高いのではないかと言われればそうかもしれない。でも、自分が選択して見ているとはいえ納得できないものに安くはないチケット代を払い続けるのは正直しんどいし、すごく不毛だなと思う。そういうところから連なってもう応援するの疲れたなと思ってしまう、という話もよく聞くし、わからない話では全くない。

推しや自分の応援している人がそういうタイプだから怒ってるというわけでもないし、それに近い何かを見たわけでもない。往々にして進化ではなく成長を見せようとするのはどちらかといえば制作側の力量に依ることの方が多いので、そういう制作に捕まらないことを祈るしかないのももどかしい。成長ではなく進化を、そしてできるならそれは自分が推している彼自身がもがいて自発的に進化しようとしているものであるということを見られる機会が今後もたくさん見られるといいなと思うしかできないのだ、ただの一介のファンだから。

ギリを見てきたよという話

名古屋 めっちゃ 雨
そんなわけでこんばんは、ただいま出張中のわたしです。暇なので新幹線の中で書いています。紫猫のギリ東京公演終わりましたねお疲れ様でした!個人的にはすごく好きだなーと思ったし、チケット増やしてでも見たい!と思える舞台に出会えて良かったなあと思っています。公演中に譲渡とか当日券ででもチケットを増やしたくなるのはいい舞台だと思っている。

ということで、東京公演も終わったので感想ともひとり言ともつかないものをダラダラと書きました。ネタバレを含むので以下隠しておきます~

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『今』の話

わたしは、ドリフェスが好きだったんだなあと思うことが最近よくあります。何を今さらと言われそうなんだけれど、改めて実感することがここへ来て多くなってきました。こんばんは、お久しぶりですわたしです。

振り返ると、このブログを始めてから気づけば2年経っていました。3年目かあ、長いようで短くて、短くて長かったなあ、と思うことばかり。2年前、2017年の1月、まだファンミ02の頃。それまでにあったライブらしいライブといえば噴水広場のリリイベくらいで、それなりにファンが増えてきていて、一方では公式の捌き方やキャパの読みがあまりにも甘くてよく怒りまくっていました。笑
そうか、この頃にはまだメビレのフルどころか『Real Dream!』すらリリースになってなかったんだなあ。そう考えると、『今』はあの頃には到底考えられないくらい遠いところにありますね。誰も予想していなかった、2019年の初春。

記憶というものは残酷で、特にわたしはあまり記憶力というものに恵まれなかったタイプの人間なもので、あんなに楽しかったこと、毎日があまりにも美しかったことすらも、少しずつ過去になっていって、そして少しずつ忘れていることを実感しています。
記憶は色んなものに連動しているから、たとえばキャラクターのTwitterが止まっていることや、公式からのお知らせがぐっと減ったことや、タイムラインで「ドリフェス」という文字を見ることが少なくなった、たったそれだけの理由で、少しずつ楽しかった毎日が薄れていっていることを自覚しています。誰が悪いわけでもなく、ただただ自分のせいでしかない。

実を言うと、武道館が終わって以降、彼らの曲を聞くことが極端に減りました。バトルライブもツアーも、円盤をあんまりしっかりと見れていません。もちろん全部は見たし、思い出したように見たい!見よう!と思って見ているけれど、1stLIVEのように毎日毎日飽きるほどには見れていない。ああ楽しかったなあと思うし、ライブ中に感じた思い出を掘り起こすこともあるけれど、どうしても『もう、こんな風に踊る彼らのことは見られないかもしれないんだなあ』という悲しさが来てしまうのです。
わたしは歌って踊る自分の推しの姿がとても好きで、この人にはこれ以上のステージはないってすごく強く思っていて、年末から今日まで舞台上に立つ姿や直接話す機会に恵まれたけれどどうしてもその影を探してしまって、でもそれを本人に言うわけにも行かずにただただジクジクとしていました。過去ばかりを肯定することは今を否定することにも繋がりかねないから。

けれどそんな中で、例えばド研ド部がパッケージ化するよ!とか、そこから始まる今すぐファンミ03も円盤化しろや大喜利とか、パッケージ化ってなんやねんVHSで出んのか?大喜利とか、武道館のBlu-rayには布がつくよ!という公式からのお知らせに『布って!!!』と言いながらあっという間にTLに並ぶ布という文字とか、「布交換してくださいツイートが始まるんじゃ?」大喜利とか、なんでかわたしのTL大喜利ばっかしてない?
とにかく、そういう風に『ドリフェス』というコンテンツを過去にしないぞ!という色んな人の思いに触れるたびに、ああやっぱりわたしはドリフェスというコンテンツが好きでたまらなかったんだなと思うのです。

たぶん、というか、憶測なのだけれど、ドリフェスを好きな人たちのほとんどが共通の経験をしたからなんじゃないかな、と思います。ドリフェス(※ここではファンを指します)がみんな仲いい!なんて甘っちょろいことを言うつもりはまったくないけれど、なんとなく緩やかな横のつながりがあるのは、ほとんどのドリフェスが『武道館』というあの空間にいて、あの空間で何かしらを感じたからなんじゃないかなと。
自分が大好きでたまらない何かにピリオドを打たれる経験は、初めてではありません。けれど、ピリオドを打たれた後ですらもこんなにファンが活発で、頻繁に動いていて、時々思い出したように何らかのムーブメントが起こるという経験は初めてです。ドリフェス(※ファン)は、ドリフェス(※コンテンツ)が好きで仕方がなくて、ここでピリオドが打たれることを望んだ人なんてきっとほとんどいなくて、いつかもしかしたらという気持ちがきっとどこかにある人も多くて、だからその日のために、っていう人も多いんじゃないかなと思わせるような、いま。

ドリフェスの楽曲を聞いてない、映像を見ていないわたしは、もしかするともうファンとはいえないのかもしれません。けれどどうしたって『ドリフェス!』という言葉を目にすれば心は踊るし、時々あの奇跡のような3年間のことを思い出しては嬉しかったこと、飛び跳ねるくらい楽しかったこと、泣きたいくらい幸せな気持ちを思い出すのです。
そしてたぶんきっと、それはこれからも同じなんだと思います。日々の真ん中にあるものはもうドリフェスではないけれど、自分の真ん中にはずっと変わらずに、当たり前のようにあって、時々スイッチが入ってその気持ちに火が灯る。わたしにとっての『ドリフェス!』ってそういうものなんだと、そういうものに『なっていく』んだと思います。そしてそういうものに出会えたことはきっと、とても幸せだということと同義なのだと、思っています。

2018年を振り返った話

あけましておめでとうございます 今年も当ブログとわたしをどうぞよろしくお願いいたします 2019年初春

そんなわけで今年もよろしくお願いします!本当は明日から仕事なんですけど元気に振休使ってやりました今年も絶対に働かないという強い意志。さて、本当なら年内にUPしようと思ってたけどすっかり忘れていた去年の現場まとめです。ライブ・舞台・観覧等全部合計して75現場、2017年に比べて倍増していました。そら貯金も吹っ飛ぶわな!!こわ!!ということで色々な角度から去年のベストを決めてみました。

【2018年のベスト舞台】
『朗読劇 青空』8/19@三越劇場
推しが突然「出るよ!」と告知ツイートした、キャスト日替わり1公演のみの朗読劇。前週までだんつらで通っていた(わたしが)三越劇場にたった4人で立っていました。これまで推しの演技や舞台は色々見てきたけど、セリフの一言めで泣いたのは初めてだった…何がそんなに感動する琴線に触れたのかは正直覚えていないというか『分からない』というのが正しいのだけど、とにかくぼろぼろ泣きました。
ムギちゃんという、女の子の犬の役。飼い主の大和くんに忠実で、猫のコタローとは仲良くケンカして、とにかく愛情にあふれるすごく優しい役でした。あと初めての推しの女の子役!!いや厳密にはFRESHとかで見てたんだけど、まあちょっとあれは一旦別カウントにさせてくれ。最初は明るくてちょっと幼い男の子なのかな?と思って見てたけどネタばらしのように女の子と分かった瞬間両手を挙げて喜ぶところでした。我ながら謎い。ちなみに他の日は青木さやかさんとかがやってた役っぽくて笑ってしまった。なんなら役の中で『おばちゃん』って言われてたしな!
ツッコんだり、幸せそうな声だったり、悲しんだり怒ったり、1つの舞台の中でとにかくたくさんのいろんな表情を見せてもらったなあと思ったし、泣いた理由はきっと『声の演技』がすごく進化していたのを見れたからなのかなあと思います。彼自身はもともと声がコンプレックスだったというけれど見ている側からしたらすごくあの声いいなあと思うし、ドリフェスを通じてどんどん自信を付けていったんだろうなというのが分かるし、なんと言ってもドリフェスやはたおにといった声の仕事の後で朗読劇のお仕事が決まったっていうのはまた新たな『自信』につながったんじゃないかなあとも思う。たった1回しか見れなかったのがもったいないくらいに大好きな作品だな~~来年もやってほしい!!

【2018年のベストオブ推しの演じた役】
木野麻衣ちゃん@終わりtoはじまり
話そのものや彼女の役の思想というところは置いておいて、とにかく彼にとっての『ハードル』が高かった、そしてそれを演じきったという意味においてこの役が一番大きかったというのはわたしの中において紛れもない事実です。
本人も終演後に『彼女の気持ちがわからない、共感ができない時間が長かった』と言っていたけれどそりゃあもうそのとおりで、女の子でもなければ妊娠もできない、そしてそこに至るプロセスも普通ならまず考えられないような役どころで、見ている方からしても首を傾げたくなるような部分も多かった、本当に『ハードル』のような役だったんじゃないかと思います。なんでこのタイミングでこの役?って思ったし、それを言えばなんでこのタイミングでこの話?というところもあるけれど、けれど、それを16公演『演じきった』という事実は彼の中でターニングポイントになったんじゃないかなあと思う。
正直あの役が好き!とは感じられないし合っていたとも思わないけれど、それまでの役を考えるとガラリと印象が変わったし、幅を広げてくれた存在なのではないかなあ。彼の演じる役がどことなくパターン化してきていたのを打開した存在だと思います。カーテンコールでいつも真っ白な、全部出し切ったような顔をしていたのがすごく印象的でした。本当にがんばったなあ…!!

【2018年のベストオブライブ】
『ALL FOR TOMORROW!!!!!』10/21@武道館
こんなの忘れろって言う方がムリだしこれ以上のライブってあるんだろうかって本気で思った。夢のような記憶だったな…。色んな場面を思い出すし、色んな瞬間が切り取ったように不意にフラッシュバックするし、とにかく楽しかった!ありがとう!大好き!!という気持ちがあんなにあふれたことは今まで生きてきてあっただろうか?と思うくらいでした。もうしばらくはあのドリカライトを振るライブはないんだなあ、さびしいなあ。
あとあんなに泣いたのも本当に久しぶりで、けれど終わった後は晴れやかな気分で笑って出てこれたのがすごく不思議でした。もっと絶望的な、もう死にたいなと思うくらいの気持ちになるんだとずっと思っていたから。前を向きたいとか次に進むためのステップだとか色んな事を言っていたけれど、やっぱりすごく悲しくてすごく辛かったけど、でも終わった後は嘘誇張なく『ああ、生きていける』と思いました。ちなみに懺悔しておきますと武道館の感想を長々書いてはいるんですがまだグロスト辺りなのに7000文字とかになっててちょっと引いています(冬休みに書き上げたい気持ちだけはあります)

【2018ベストオブライブ以外の現場】
『JAPANプレミア上映イベント』10/29-30@新宿ピカデリー
単純に見たことない作品(君のそばにいたいのに)とリアルタイムで見れなかった作品(Have a good time?)を大きなスクリーンで見れる貴重なイベントだったので。
君そば、コミカルだけどあったかくて優しくて少しホロッとする劇プレならではの話だったなあ、これリアルタイムで見たかった~~~!さあやちゃん(※株ちゃんさん)のギャル見たかった…いやギャルじゃないけど…… あと坂田さんとナガタクさんの演技がすごくよかった!全体的にあったかくて『劇プレ!』って感じのお話だったな、ノンスタが元々好きだったから石田さんのお話も合うなと思ったし生で見たかったなあと思いました。足を踏み外した加藤さん……意外と大丈夫じゃなかったぽくて心配したよお体はお大事に……
グティーはたまたま今年に入って初めて見たんだけど、時期とか心情的に色々しんどいタイミングでも見たな~と思います。笑 とはいえ、あの頃の推しじゃないと絶対に出し得なかったあの感じを『今』になって改めて見ることができてよかったなって思います。あとハグティーは単純に曲がめちゃくちゃ好きなんだよね……無条件に元気になれる感じも、すごく劇プレっぽかったなって思います。こういうイベントいいな~、円盤で採算取れないものはこんな風にすれば見るチャンスがあるんじゃないかしら。
あとこれはクソみたいなオタクの発言ですが2日ともガッツリ喋れるタイミングがあったのが嬉しかったしなんとチケットが付いてきたんですよね…(???)

【2018ベストオブ推し以外の現場】
男子はつらくないよ? 三越劇場@7/29〜8/5
初日終わった瞬間『しんっっっっっど!!!』って爆笑した作品。笑 ちょうど10年前に同じようなものを見たり聞いたりしていた身からすると『ア"ア"ア"ア"ア"!!!!!』って呻きたくなるようなものがたくさん出てきて転げ回りたくなりましたね!!mixiやめろ!鉄コンやめろ!!カヒミカリイやめろーーー!!!笑
アドリブがあったり日ごとに変わるところがあったりして、嫌いな人は本当に嫌いなんだろうな〜〜と思いながらもわたしはとても楽しませていただきました。アドリブぶっ込んでくる…というかゲラの人がいる中でかおるくんはお芝居を崩すことなくすごく頑張ってたな〜!と思います。初主演でそこそこセリフも多いのに噛んだり笑い過ぎたりすることなくしっかり座長としての責務を全うしてた!千秋楽で泣かないんだなあと思ったけど、最後の最後にポロッと泣いたのがすごくかおるくんらしくって笑いました。これは見れてよかったな〜、チケット増やしてしまったのも致し方なし。そういえば唯一公演期間中にチケット増やした作品な気がする。

あとここには入らなかったけど歴タメLiveも楽しかったな~~と思ってたら元旦早々再演告知が出て早いわ!!ってなりました。推しはな~~たぶん出るだろうな~~~というか出てほしいな!よろしくお願いしますいい仕事しますんで!!!(??)あとベストオブ外部ライブは間違いなくアニサマです……WMSKとトラシグがトロッコに乗って移動し始めた瞬間泣いた……

今年もたくさんのいい舞台や楽しい現場に出会えるといいな~!年末のカレイベがすごく本当にとても最高だったので(語彙力)今年はそれを超える何かに出会えることを楽しみにしています!!

『推しと並んだ日』の話

その発表がなされたのは10/24のことだった。武道館、自分なりにやりきったなーーこれからわたしはどうなるんだろうなーーと思っていた矢先に『バースデー直前スペシャル』と銘打った生配信が発表されて一体何があるんだ、映像出演か?あっ『バースデー直前SP』だから分かったバースデーイベントか?ハハーンなるほど、かいしょーまくんも最近やってたしアミューズそれに活路を見い出したのだな??といろいろ考えながら見た生配信、そこで発表されたのは『カレンダー発売記念の握手&チェキ会』というひっくり返る内容だった。嘘でしょ?????と配信を見ながら500回ぐらい言ったしまさかあの事務所がそんなことするとは思っていなかったのでなんなら生配信が終わってからも動揺していた。

動揺し過ぎである

発表されて2秒ぐらい(行くのか…?)と思ったけれど2秒後には『行ーこう!』と決めており、しかし何もわたしは分かっていなかったのだ。どんな風に売るのかとかいつからスタートなのかとか何も一切見ていなかった結果、事件はその週末に起こった。当時わたしは自分がPRJリーダーを務めたイベントを目前に控えており、武道館翌週の金曜の夜から搬入、そして土日終日で本番という鬼スケジュールにブチ切れながら日々の仕事をこなしていた。
土曜の朝、心配された天候(屋外イベントだった)も無事に晴れ、小休憩でTwitterをのぞくと『完売じゃん』『すぐ売り切れたね』という文面が並んでいた。今日何かのチケット発売だったっけ…と思ってTLを追うと『カレンダー発売イベント』の文字。それですべてを察して慌ててサイトに飛ぶもそこに並んでいたのは非情なまでの『×』だった。

絶望感漂う当時のツイートをお楽しみください

慌てて携帯と支給されているiPadを引っ掴んで『ちょっと連絡入ったので緊急対応してきます!』と現場のスタッフに言い残して控えのテントに駆け込む。まあ緊急対応なことに嘘はないからな。必死に画面リロードして△を狙うも、カード決済の手前で売り切れになること数回。もう半泣き。ちなみにこのチケット、分配ができなかったので他の人に頼むことはできなかった。頼むからちゃんと販売方法は読んでおいてくれ過去の私よ。抽選だとばかり思ってるんじゃねえぞ世の中そんなに甘くないしお前は抽選に当たらない。
テントに籠城すること5分ほど、なんと奇跡的にそのタイミングで追加の時間帯が更新される。初めて見た『○』の表記。指先が震えに震えているのをどうにか深呼吸で抑えて、2券と1券をカートに入れていく。カード番号?今分からん!Loppiで払うわ!!と半ばキレながら進んで行った結果、

人間って追い込まれると何でもできるんだなと知った瞬間であった。

このような道のりを超えてなんとかかんとかチケットを確保したことに安堵してそこからのイベントを全力でこなした結果、その夜にとあることに気づく。

おかしいな…………

そんなわけで3枚のチェキと2回の握手をすることが10月の終わりに確定した。残された時間は2ヶ月。ちなみにその間にプレミア上映イベントと細胞とAAAとおわまりがあったので推しも自分もそれなりに忙しい日々を過ごしていたのだが、わたしはずっと『本当に…撮るのか…??』と自問自答を繰り返していた。あんなに大騒ぎしてチケットまで取っておきながらお前どの口が、と言われそうだけどそれはそれ、これはこれ。

ずっとこんなようなことを言っていたのでその節はフォロワーの皆様すみませんでした生暖かく見守ってくださってありがとうございました…
とりあえず肌荒れがひどかったので(高画質で撮るわけでもないくせに)どうにかしようともがいて保湿に保湿を重ねた結果ここ10年で最高の出来になったので(これでも)保湿はするもんだなと思った。フェイスマスクにシリコンマスク重ねて放置するのは本当にすごい。あとビオレの洗顔マッサージジェルは信じられないくらい肌がつるっつるになるのでレコメンドしておきますね

ちなみにダイエットは早々に諦めた。意識はしたけど2ヶ月やそこらで変わる気がしなかったのでおやつをプロテイン系のものに変えたくらい(※特に効果なかった)

12月に入ってからはもうとにかく『早く24日にならないかな~』という気持ちと『本当に…推しとチェキを…??』という気持ちがずっとせめぎ合ってて、どちらかというと後者の気持ちが大きくて感情の振り幅を自分でコントロールできない!という事態に陥ったもののなんとか当日、つまり今日を迎えた。

昨日までやっていたおわまりで、推しは今の彼が演じるにはハードルが高い役を約10日間演じていて、初日見た時は『これチェキ会の時どんなテンションで行けばいいんだろう』ということが頭を過った。これはまたどこかで書けたらなとは思うけれど、役にも話にも色んな感情とか意見が散見されていて、それは別に悪いことでも何でもないけどどこか彼が役に『引っ張られている』ような気がしていたから地味に心配していた。けど、千秋楽のトリプルカーテンコールでホッとしたような、どこか安堵したような顔で笑っていた顔が見れてああ大丈夫そうだな、よかったな、と思った。閑話休題

そして迎えた当日。1部(スタートの回)を取っていたので会社に行くのと同じくらいの時間に起き、いつもは使わない色の鮮やかなアイカラーとリップを入れて、染めたばかりの緑がかった髪をセットして、散々迷った結果ショートブーツを履いて家を出た。いい天気でよかったけど風が強くてしかもめちゃめちゃ寒くて『あっなんかもう帰ろうかな?』と思った(実話)
とかなんとか言いつつ渋谷に着いてお店に入ったらポーズが4つあると言うではないか。指ハート、腕ハート、見えてますよ、ダブルピース。見えてますよが入ってるところが本当に彼らしいな~~~~!!!と思った。入れてくるかなあと予想していなかったわけではないけれど、あくまでもあれは『いっちゃんのポーズ』という印象が強かったからドリフェスが関係ないところではやらないかもなと思っていたので予想を見事に裏切られた。指ハート含め、そういうところ本当に『ファンが望んでいるもの』をすごくよく把握してるんだなあと尊敬する。やはりあなたはアイドル向きだと思います。
ちなみに1部あたりで見るとリアルに100人くらいいたんじゃないだろうか、1部と2部の間の休憩取れてなかったっぽいので本当に…申し訳ない……という気持ちでいっぱいだった。クリスマスくらいゆっくり休んでくれてよかったんだよ…チキン食べながらホーム・アローン見てくれ…(とずっとフォロワーさんと言っていた)
荷物を置いて、チケットだけ持ってパーテーションの前に並ばされる。それを超えると、当たり前だけれど、推しがいた。当たり前すぎる、パーテーション超えたら違う人がいましたー!なんてなったら訴訟モンだわ、なんて本当にどうでもいいことを考えていたら自分の番になった。場ミリしてあるその位置は間違いなく本人の真横で、えっここに立つの??本当に??と思ったら目が合って、というところから気がつけばカレンダーを受け取るということを3回繰り返したらあっという間に2時間経っていた(3枚撮った)そんなわけで今、うちにはカレンダー諸々のセットが3つとチェキが3枚ある。どういう了見だ怖い。

まさか、推しと『並ぶ』日が来るとは思っていなかった。対面で話したことはそれなりにある。握手とかハイタッチとかお見送り回とか、まあなんか色々チャンスには恵まれていたのだと思う。それが、応援し始めて約3年経った今『横に並ぶ』なんてことが起こるなんて思わなかった。実際に差し向かって分かることはたくさんあるけれど、横に並んだらどんな気持ちになるんだろうと思っていたけれど、そんなこと思う暇もなかった。そこにいたのはいつもの推しで、あーいつもと変わらないな~と3回とも思って、でも『変わらないな』と思えるのって実はすごいことなんじゃないかということに気付く。気持ちやテンション、対応にムラがないというのもそうだし、ずっと同じであるということを『進化ではない』という人もいるかもしれないけれど、現状維持こそが一番難しいことなのだとわたしは思っているから。まあ自分自身が彼の琴線に触れるようなことをうまいこと言えてないだけなのかもしれないけども、一体何が正解かどうかなんてわからないからね。推しに『ん?』と思わせなければそれで成功だということにしておきたい。

過ぎてしまえばどうってこともなく、今はだいぶあのどうしようもない焦りみたいな気持ちは感じなくなったけれどまあそりゃあ自分の写ったチェキなんて見れるわけもなくカレンダーと一緒にカバンにしまってある。持ち歩くのもどうかと思うし、かと言ってしまい込むのも…とちょっと持て余しているのだけどみんなどうしてるんだろうか…なんて考えながら来週の再試合(31日)に備えて話のネタを準備しようと思う。またいつもみたいに『ありがとう!』と言い逃げみたいに言って終わるかなあ。この1年、あなたを推していて楽しかったよ最高だったよということを伝えられたらそれでいいや。