Thirsty Thirty

生活、ときどきオタク

『ピリオド』の話

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4/3、ずっと見たかったあの日の光景が手元に来た。あの日見たものと同じであり、あの日じゃなきゃ見られなかった光景もたくさんあり、そしてあの日とはまた違う気持ちで見れるものもあり、最初から最後まで泣きながら見た。直前までげらげら笑いながら見てるのにいきなり涙腺の蛇口死んだんじゃ?ってなった。まあ涙腺の蛇口はいつだって死んでますよね。

わたしは、10/21からもドリフェスに『続いて』ほしかった。何らかの形で、目には見えなくてもいいから、ドリフェスというこの大きなPRJがその後も続いてほしかった。時々思い出したようにCDを出してほしかったし、時々思い出したように二次元の彼らののTwitterが動いてほしかったし、三次元の彼らにもドリフェスの話をし続けてほしかった。ずっとドリフェスが続くわけないと、それはもしかしたらいつか彼らの『枷』になるかもしれないと思っていたけれど、それでも今終わるべきではないと思っていた。

一方で、このディスクに映っているあの日の彼らは『その先』を見据えているようには見えなかった。補足しておくと、悪い意味でそう言っているわけではまったくない。武道館前のさまざまなインタビューでずっと彼らは『このステージを集大成にしたい』と言っていて、わたしはそれがすごく嫌というか、ただただ寂しかった。集大成ということは、その後の予定はない、何も考えていないと言外に言われているような気がしていたから。集大成にするなら『第一章』のそれにしてほしかったし、そこから後も、これから先もずっとドリフェス!というPRJを続けてほしかった。終わらないよ、いつか帰ってくるよと言って、約束してほしかった。
けれど、ここに映っている彼らの誰からも、『その先がある』という甘えにも似たような感情は、一切感じられなかった。今ここで、全部を出し切って、そして明日からまた歩いていくための一歩を踏み出す、そこにあったのはそれだけだった。あの日感じられなかった彼らのその『覚悟』を半年以上も経ってからやっと知るだなんて、ちょっと恥ずかしい。もし彼らの中の誰か一人でもにそんな甘えのようなものがあったとしたら、あの日見たステージは叶わなかったのだろう。そういう意味では、あの7人が、14人が同じ気持ちで同じ方向を見ていてくれたことは奇跡以外の何者でもないのだと改めて感じる。

一つ、とても印象的なシーンがある。Disc2、Day2のバックステージ、全て終わった彼らが舞台裏でDDerの合唱を聞いているシーン。涙してる人もいれば、聞き入っている人もいれば、笑っている人もいる、とても『彼ららしい』場面。
その中で、どうしても忘れられない顔があった。『余韻に浸りたい』と言いながら、『ここで寝るか』と笑いながら、その空気を感じ入るように最後まで武道館のフロアにいた、DearDreamのセンター、そーまくんのそれ。

わたしは正直、最初から彼のことがずっと分からなかった。子供みたいに笑うけど、絶対に泣かない。いつだってすごく真剣だけど、どこか掴めない。自分が好きなタイプが『喜怒哀楽、感情が分かりやすい人』だということもあって、彼のことは本当につかめなかった。どんな会話をしていいのかも分からなかったし(いまも分からないけれど)熱い人なんだろうなというは分かるけれどその熱がどれほどのものなのかを、いまいち測りかねていた。
武道館の最後の最後のMCですら、彼は泣かなかった。『ああ泣かないんだな』と、現場で見ていたわたしは思った。分かってたけど。本当は、ちょっとだけそれが不満だった。ドリフェスに対する熱量が青天井じゃないってことを、『わたし』が分からなかったことが。

けれど決してそうじゃなかったというのを見せつけたのが、彼のあの顔だった。あのシーンですら彼は泣いていなかったけれど、あの表情にわたしはハッとした。泣いているから悲しいのだ、泣いていないから悲しくないのだと思うこと自体が間違っていて、何も感じなかったなんて、きっとそんなことはなかったんだろうと思わされた。あの表情は、彼の3年間を確かに映し出していた。それだけで十分だったし、あの表情を見た瞬間にほんの少しだけ彼が分かった気がした。
あの瞬間に、彼のあの大きく驚くほど美しい目が見ていた先には何があったんだろうか。過去だったのか、思い出だったのか、それとも『明日』からの『未来』だったのか、それともどちらともだろうか。

少し巻き戻るけれど、ETERNAL BONDSの彼の最後のあの晴れやかな表情はきっと、DearDreamとしての、ドリフェスとしてのすべてをやりきったという満足感と充足感に満ち満ちていたからこそ出てきたものなんだろう。わたしが初めて触れた、彼のきっと一番熱い場所の、ほんの一部。それを、この『集大成』の時に知らしめるなんてまったくずるい男だ。

これは2月の自分のつぶやきだけど、まさにその通りだった。あの日、あの場所だけでは見られなかった彼らの表情がBlu-rayによって『補完』されてそれがあまりにも美しかったから、そしてある種自分の望むようなそれだったから、 わたしは自分のドリフェスという『物語』の一文目にピリオドを打つことができた。いつか望んだ『美しい終わり方』に近づけたんじゃないかなと思うし、それはやっぱりすごく幸せなことだ。どうしたってこのPRJを好きになってよかったと思わされるのだから、まったく、悔しい。

成長と進化の違いの話

推し個人とも、推しているPRJとも直接関係ない話なのだけれど、わたしは某有名2.5タイトルが得意ではない。得意ではないというよりも、ものすごく『苦手』だ。そんなわけでこんばんはわたしです。東京は今年初めての雪らしい雪です。

話を戻すけれど、じゃあなぜそれが苦手なのかというと、一つはとにかくそれを勧めるファンがあまりにも多くて辟易としてしまったこと。わたしは元々ジャニオタでそこから48オタを経て今のジャンルにハマっているので、比較的『生身の人間』に免疫のある方だと思う。この字面だけ見ると頭おかしい人の発言だな、まあいいや、だからこそ今のジャンルにはまり始めた頃にすごくいろんな先輩方に『あれ見なよ!』と死ぬほど勧められた。というか、未だに勧められる。
一方でわたしは『みんなと同じ』ということがあまり好きではなく、自分の好きなものは自分が選ぶ、という思考が強い。だからブワーーー!と流行っているジャンルがあってもリアルタイムでハマるということはあんまりないし、むしろピークが過ぎてからえっなにこれめっちゃ面白いやん!と遅れてハマることもザラだ。だからかもしれないけれど、『みんなに勧められるから反発する』というクソ天邪鬼な思考を以て得意としていないんだろうなと自分では思っている。でも、同じような界隈に住んでいる人10人中7人に『いいから見なって!』と言われて辟易とする人ってわたしの他にもきっといると思うんだよなあ、たまたまそれがマジョリティタイトルだからなおさら母数が多いというのもあるかもしれないけれど。

しかし、理論は分かる。2.5次元モノを通ってこなかったわたしでさえもタイトルを知っている超有名作品だし、一種の登竜門だ(だった?)と思うし、原作も途中まで読んでるからキャラクターのビジュアルと名前もある程度一致するし、なんと言ってもそこから若手俳優がたくさん排出されている、だから面白いよ!という理論だ。分かる。わたしが心の中で勝手にステージ界のジュ…ンスーパーボ…イオーディションと呼んでいる(呼ぶな)それは、だから『青田買い』という意味でも見ていておもしろいんだろうなと思う。あまり名の売れすぎた俳優さんが出ているイメージがないので、言い方は悪いけどこれを『踏み台』にしてのし上がっていく一種のタイトルでもあるように見える。帝劇俳優も声優も有名俳優もいるし。もちろんそれは、勝ち取ったその役をしっかりと演じきってこそなし得られるものだと思うけど。

あとは単純に、言い方は悪いけれどあのタイトルに捕まるとすごく『それだけ』になってしまうように見える。在籍期間(というのは多分正しい表現ではないけれど)が長いから必然的に他の仕事より優先しないといけないんだろうなと思うし、その結果自分の元々の仕事をセーブせざるを得なかったように見える人もわたしが知っている数少ない俳優の中で何人もいる。もちろん、あのタイトルが好きな人からすればそれは願ったり叶ったりなんだと思うし、その中での『成長』が見られるのはすごく楽しいんだろうなというのは分かる。けれど、飽きっぽいというか好きなものを好きだと受け入れられるまでに長く時間がかかるわたしにとってはそこはマイナスでしかなかった。

とは言えここからが本題なのだけれど、そしてこれはこんだけ前振りしたくせにこのタイトルだけに限った話ではないけれど、『公演期間中に成長する』のって、果たして観客が望んでいることなのだろうかとわたしは思う。もちろん、レベルが低いところから始まって千秋楽まで低いままで終わっていいわけではまったくない。そういうのは金返せとまでは言わないけど1回でいいな、と思う。あと見極められなかった自分に嫌悪感がある。そしてすごく難しいのは、『進化』と『成長』の違いだ。
例えば10公演あるとする。初日幕が開けて実際に観客の反応を見たら思いの外ウケなかった、間延びした、意味が伝わってなかった。だからシーンをカットする、セリフや演技プランを変える。これは『進化』だ。より良いものを作って、話としてメリハリや山場を作って、感動したり色んな感情を持って帰って欲しい、それはすごくプラスだと思うしいい役者・演出家・制作陣だなあと思う。
一方で、初日はセリフを飛ばしてしまった、踊れてなかった、緊張でガチガチだった、演技がイマイチだった、というような人が千秋楽には良くなっている。『良い』かどうかは置いておいたとしても、『見れる』レベルになっている。これは『成長』だ。そしてこれは、少なくとも公演が始まる前までに習得しておくべきものだ。もしかしたら初日のその仕上がりが既に『成長』した結果だったのかもしれないけれど、だとしたらレベル低くない?と思ってしまう。

これは2.5だけに限った話ではないし、わたし自身が2.5作品をほとんど見たことがないのでどちらかというとオリジナルの舞台での経験談がベースになっているとは思うけれど、カーテンコールでたまに主演が口にする『千秋楽に向けてもっともっと高めていきます』的な言葉も好きではない。カンパニーの千秋楽はその日かもしれないけれど、観客の千秋楽がその日とは限らないということを分かってるのか?と思うのだ。
押し付けがましい言い方をするつもりはないけれど、舞台を見に来ている人はそれなりにスケジュールや仕事、お金の算段を付けて来ている。初日を見れない人も、千秋楽を見れない人も大勢いる。初日がスタートでそこからどんどん成長した千秋楽がゴールなのだとしたら中日は成長途中ということになるけれど、そんなことを言われてしまうと『ああこれは完成形じゃなかったんだな』と感じるし、気が立っているときなんかだと『途中過程のものを見に来たわけじゃないんだけど?』とすら思ってしまう。そういうテーマを大々的に掲げたものだったら納得はするけれど、多くの場合そうじゃないでしょう、と。そしてこれは大枠としての舞台だけではなくて、役者個人にも言えることだと思う。『まだまだできる』と『これからもっとやれる』の線引きってすごく難しい。できるんやったら最初からその力出してよって思うし、かと言って毎回毎回同じ水準のものを見せられてもってなるし。

見る側の問題ももちろんある、元々舞台ってそんなに毎日毎日足繁く通うものでもなかったんじゃないだろうか。だから、『同じである』ということはいつ見ても同じレベルのものを見せてもらえるということと同義だったはず。でも今はそうじゃなくて、役者や脚本家、演出家にそれぞれファンが付いて、自分の選択で何回も見る人が圧倒的に増えて、その中で『毎回同じってどうなの?』『公演期間中に成長するって何見せられてんだ』と思うようになってきたんじゃないかなと思うのだ。なぜなら、例に漏れず自分がそうだから。
役者に求めるハードルが高いのではないかと言われればそうかもしれない。でも、自分が選択して見ているとはいえ納得できないものに安くはないチケット代を払い続けるのは正直しんどいし、すごく不毛だなと思う。そういうところから連なってもう応援するの疲れたなと思ってしまう、という話もよく聞くし、わからない話では全くない。

推しや自分の応援している人がそういうタイプだから怒ってるというわけでもないし、それに近い何かを見たわけでもない。往々にして進化ではなく成長を見せようとするのはどちらかといえば制作側の力量に依ることの方が多いので、そういう制作に捕まらないことを祈るしかないのももどかしい。成長ではなく進化を、そしてできるならそれは自分が推している彼自身がもがいて自発的に進化しようとしているものであるということを見られる機会が今後もたくさん見られるといいなと思うしかできないのだ、ただの一介のファンだから。

ギリを見てきたよという話

名古屋 めっちゃ 雨
そんなわけでこんばんは、ただいま出張中のわたしです。暇なので新幹線の中で書いています。紫猫のギリ東京公演終わりましたねお疲れ様でした!個人的にはすごく好きだなーと思ったし、チケット増やしてでも見たい!と思える舞台に出会えて良かったなあと思っています。公演中に譲渡とか当日券ででもチケットを増やしたくなるのはいい舞台だと思っている。

ということで、東京公演も終わったので感想ともひとり言ともつかないものをダラダラと書きました。ネタバレを含むので以下隠しておきます~

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『今』の話

わたしは、ドリフェスが好きだったんだなあと思うことが最近よくあります。何を今さらと言われそうなんだけれど、改めて実感することがここへ来て多くなってきました。こんばんは、お久しぶりですわたしです。

振り返ると、このブログを始めてから気づけば2年経っていました。3年目かあ、長いようで短くて、短くて長かったなあ、と思うことばかり。2年前、2017年の1月、まだファンミ02の頃。それまでにあったライブらしいライブといえば噴水広場のリリイベくらいで、それなりにファンが増えてきていて、一方では公式の捌き方やキャパの読みがあまりにも甘くてよく怒りまくっていました。笑
そうか、この頃にはまだメビレのフルどころか『Real Dream!』すらリリースになってなかったんだなあ。そう考えると、『今』はあの頃には到底考えられないくらい遠いところにありますね。誰も予想していなかった、2019年の初春。

記憶というものは残酷で、特にわたしはあまり記憶力というものに恵まれなかったタイプの人間なもので、あんなに楽しかったこと、毎日があまりにも美しかったことすらも、少しずつ過去になっていって、そして少しずつ忘れていることを実感しています。
記憶は色んなものに連動しているから、たとえばキャラクターのTwitterが止まっていることや、公式からのお知らせがぐっと減ったことや、タイムラインで「ドリフェス」という文字を見ることが少なくなった、たったそれだけの理由で、少しずつ楽しかった毎日が薄れていっていることを自覚しています。誰が悪いわけでもなく、ただただ自分のせいでしかない。

実を言うと、武道館が終わって以降、彼らの曲を聞くことが極端に減りました。バトルライブもツアーも、円盤をあんまりしっかりと見れていません。もちろん全部は見たし、思い出したように見たい!見よう!と思って見ているけれど、1stLIVEのように毎日毎日飽きるほどには見れていない。ああ楽しかったなあと思うし、ライブ中に感じた思い出を掘り起こすこともあるけれど、どうしても『もう、こんな風に踊る彼らのことは見られないかもしれないんだなあ』という悲しさが来てしまうのです。
わたしは歌って踊る自分の推しの姿がとても好きで、この人にはこれ以上のステージはないってすごく強く思っていて、年末から今日まで舞台上に立つ姿や直接話す機会に恵まれたけれどどうしてもその影を探してしまって、でもそれを本人に言うわけにも行かずにただただジクジクとしていました。過去ばかりを肯定することは今を否定することにも繋がりかねないから。

けれどそんな中で、例えばド研ド部がパッケージ化するよ!とか、そこから始まる今すぐファンミ03も円盤化しろや大喜利とか、パッケージ化ってなんやねんVHSで出んのか?大喜利とか、武道館のBlu-rayには布がつくよ!という公式からのお知らせに『布って!!!』と言いながらあっという間にTLに並ぶ布という文字とか、「布交換してくださいツイートが始まるんじゃ?」大喜利とか、なんでかわたしのTL大喜利ばっかしてない?
とにかく、そういう風に『ドリフェス』というコンテンツを過去にしないぞ!という色んな人の思いに触れるたびに、ああやっぱりわたしはドリフェスというコンテンツが好きでたまらなかったんだなと思うのです。

たぶん、というか、憶測なのだけれど、ドリフェスを好きな人たちのほとんどが共通の経験をしたからなんじゃないかな、と思います。ドリフェス(※ここではファンを指します)がみんな仲いい!なんて甘っちょろいことを言うつもりはまったくないけれど、なんとなく緩やかな横のつながりがあるのは、ほとんどのドリフェスが『武道館』というあの空間にいて、あの空間で何かしらを感じたからなんじゃないかなと。
自分が大好きでたまらない何かにピリオドを打たれる経験は、初めてではありません。けれど、ピリオドを打たれた後ですらもこんなにファンが活発で、頻繁に動いていて、時々思い出したように何らかのムーブメントが起こるという経験は初めてです。ドリフェス(※ファン)は、ドリフェス(※コンテンツ)が好きで仕方がなくて、ここでピリオドが打たれることを望んだ人なんてきっとほとんどいなくて、いつかもしかしたらという気持ちがきっとどこかにある人も多くて、だからその日のために、っていう人も多いんじゃないかなと思わせるような、いま。

ドリフェスの楽曲を聞いてない、映像を見ていないわたしは、もしかするともうファンとはいえないのかもしれません。けれどどうしたって『ドリフェス!』という言葉を目にすれば心は踊るし、時々あの奇跡のような3年間のことを思い出しては嬉しかったこと、飛び跳ねるくらい楽しかったこと、泣きたいくらい幸せな気持ちを思い出すのです。
そしてたぶんきっと、それはこれからも同じなんだと思います。日々の真ん中にあるものはもうドリフェスではないけれど、自分の真ん中にはずっと変わらずに、当たり前のようにあって、時々スイッチが入ってその気持ちに火が灯る。わたしにとっての『ドリフェス!』ってそういうものなんだと、そういうものに『なっていく』んだと思います。そしてそういうものに出会えたことはきっと、とても幸せだということと同義なのだと、思っています。

2018年を振り返った話

あけましておめでとうございます 今年も当ブログとわたしをどうぞよろしくお願いいたします 2019年初春

そんなわけで今年もよろしくお願いします!本当は明日から仕事なんですけど元気に振休使ってやりました今年も絶対に働かないという強い意志。さて、本当なら年内にUPしようと思ってたけどすっかり忘れていた去年の現場まとめです。ライブ・舞台・観覧等全部合計して75現場、2017年に比べて倍増していました。そら貯金も吹っ飛ぶわな!!こわ!!ということで色々な角度から去年のベストを決めてみました。

【2018年のベスト舞台】
『朗読劇 青空』8/19@三越劇場
推しが突然「出るよ!」と告知ツイートした、キャスト日替わり1公演のみの朗読劇。前週までだんつらで通っていた(わたしが)三越劇場にたった4人で立っていました。これまで推しの演技や舞台は色々見てきたけど、セリフの一言めで泣いたのは初めてだった…何がそんなに感動する琴線に触れたのかは正直覚えていないというか『分からない』というのが正しいのだけど、とにかくぼろぼろ泣きました。
ムギちゃんという、女の子の犬の役。飼い主の大和くんに忠実で、猫のコタローとは仲良くケンカして、とにかく愛情にあふれるすごく優しい役でした。あと初めての推しの女の子役!!いや厳密にはFRESHとかで見てたんだけど、まあちょっとあれは一旦別カウントにさせてくれ。最初は明るくてちょっと幼い男の子なのかな?と思って見てたけどネタばらしのように女の子と分かった瞬間両手を挙げて喜ぶところでした。我ながら謎い。ちなみに他の日は青木さやかさんとかがやってた役っぽくて笑ってしまった。なんなら役の中で『おばちゃん』って言われてたしな!
ツッコんだり、幸せそうな声だったり、悲しんだり怒ったり、1つの舞台の中でとにかくたくさんのいろんな表情を見せてもらったなあと思ったし、泣いた理由はきっと『声の演技』がすごく進化していたのを見れたからなのかなあと思います。彼自身はもともと声がコンプレックスだったというけれど見ている側からしたらすごくあの声いいなあと思うし、ドリフェスを通じてどんどん自信を付けていったんだろうなというのが分かるし、なんと言ってもドリフェスやはたおにといった声の仕事の後で朗読劇のお仕事が決まったっていうのはまた新たな『自信』につながったんじゃないかなあとも思う。たった1回しか見れなかったのがもったいないくらいに大好きな作品だな~~来年もやってほしい!!

【2018年のベストオブ推しの演じた役】
木野麻衣ちゃん@終わりtoはじまり
話そのものや彼女の役の思想というところは置いておいて、とにかく彼にとっての『ハードル』が高かった、そしてそれを演じきったという意味においてこの役が一番大きかったというのはわたしの中において紛れもない事実です。
本人も終演後に『彼女の気持ちがわからない、共感ができない時間が長かった』と言っていたけれどそりゃあもうそのとおりで、女の子でもなければ妊娠もできない、そしてそこに至るプロセスも普通ならまず考えられないような役どころで、見ている方からしても首を傾げたくなるような部分も多かった、本当に『ハードル』のような役だったんじゃないかと思います。なんでこのタイミングでこの役?って思ったし、それを言えばなんでこのタイミングでこの話?というところもあるけれど、けれど、それを16公演『演じきった』という事実は彼の中でターニングポイントになったんじゃないかなあと思う。
正直あの役が好き!とは感じられないし合っていたとも思わないけれど、それまでの役を考えるとガラリと印象が変わったし、幅を広げてくれた存在なのではないかなあ。彼の演じる役がどことなくパターン化してきていたのを打開した存在だと思います。カーテンコールでいつも真っ白な、全部出し切ったような顔をしていたのがすごく印象的でした。本当にがんばったなあ…!!

【2018年のベストオブライブ】
『ALL FOR TOMORROW!!!!!』10/21@武道館
こんなの忘れろって言う方がムリだしこれ以上のライブってあるんだろうかって本気で思った。夢のような記憶だったな…。色んな場面を思い出すし、色んな瞬間が切り取ったように不意にフラッシュバックするし、とにかく楽しかった!ありがとう!大好き!!という気持ちがあんなにあふれたことは今まで生きてきてあっただろうか?と思うくらいでした。もうしばらくはあのドリカライトを振るライブはないんだなあ、さびしいなあ。
あとあんなに泣いたのも本当に久しぶりで、けれど終わった後は晴れやかな気分で笑って出てこれたのがすごく不思議でした。もっと絶望的な、もう死にたいなと思うくらいの気持ちになるんだとずっと思っていたから。前を向きたいとか次に進むためのステップだとか色んな事を言っていたけれど、やっぱりすごく悲しくてすごく辛かったけど、でも終わった後は嘘誇張なく『ああ、生きていける』と思いました。ちなみに懺悔しておきますと武道館の感想を長々書いてはいるんですがまだグロスト辺りなのに7000文字とかになっててちょっと引いています(冬休みに書き上げたい気持ちだけはあります)

【2018ベストオブライブ以外の現場】
『JAPANプレミア上映イベント』10/29-30@新宿ピカデリー
単純に見たことない作品(君のそばにいたいのに)とリアルタイムで見れなかった作品(Have a good time?)を大きなスクリーンで見れる貴重なイベントだったので。
君そば、コミカルだけどあったかくて優しくて少しホロッとする劇プレならではの話だったなあ、これリアルタイムで見たかった~~~!さあやちゃん(※株ちゃんさん)のギャル見たかった…いやギャルじゃないけど…… あと坂田さんとナガタクさんの演技がすごくよかった!全体的にあったかくて『劇プレ!』って感じのお話だったな、ノンスタが元々好きだったから石田さんのお話も合うなと思ったし生で見たかったなあと思いました。足を踏み外した加藤さん……意外と大丈夫じゃなかったぽくて心配したよお体はお大事に……
グティーはたまたま今年に入って初めて見たんだけど、時期とか心情的に色々しんどいタイミングでも見たな~と思います。笑 とはいえ、あの頃の推しじゃないと絶対に出し得なかったあの感じを『今』になって改めて見ることができてよかったなって思います。あとハグティーは単純に曲がめちゃくちゃ好きなんだよね……無条件に元気になれる感じも、すごく劇プレっぽかったなって思います。こういうイベントいいな~、円盤で採算取れないものはこんな風にすれば見るチャンスがあるんじゃないかしら。
あとこれはクソみたいなオタクの発言ですが2日ともガッツリ喋れるタイミングがあったのが嬉しかったしなんとチケットが付いてきたんですよね…(???)

【2018ベストオブ推し以外の現場】
男子はつらくないよ? 三越劇場@7/29〜8/5
初日終わった瞬間『しんっっっっっど!!!』って爆笑した作品。笑 ちょうど10年前に同じようなものを見たり聞いたりしていた身からすると『ア"ア"ア"ア"ア"!!!!!』って呻きたくなるようなものがたくさん出てきて転げ回りたくなりましたね!!mixiやめろ!鉄コンやめろ!!カヒミカリイやめろーーー!!!笑
アドリブがあったり日ごとに変わるところがあったりして、嫌いな人は本当に嫌いなんだろうな〜〜と思いながらもわたしはとても楽しませていただきました。アドリブぶっ込んでくる…というかゲラの人がいる中でかおるくんはお芝居を崩すことなくすごく頑張ってたな〜!と思います。初主演でそこそこセリフも多いのに噛んだり笑い過ぎたりすることなくしっかり座長としての責務を全うしてた!千秋楽で泣かないんだなあと思ったけど、最後の最後にポロッと泣いたのがすごくかおるくんらしくって笑いました。これは見れてよかったな〜、チケット増やしてしまったのも致し方なし。そういえば唯一公演期間中にチケット増やした作品な気がする。

あとここには入らなかったけど歴タメLiveも楽しかったな~~と思ってたら元旦早々再演告知が出て早いわ!!ってなりました。推しはな~~たぶん出るだろうな~~~というか出てほしいな!よろしくお願いしますいい仕事しますんで!!!(??)あとベストオブ外部ライブは間違いなくアニサマです……WMSKとトラシグがトロッコに乗って移動し始めた瞬間泣いた……

今年もたくさんのいい舞台や楽しい現場に出会えるといいな~!年末のカレイベがすごく本当にとても最高だったので(語彙力)今年はそれを超える何かに出会えることを楽しみにしています!!

『推しと並んだ日』の話

その発表がなされたのは10/24のことだった。武道館、自分なりにやりきったなーーこれからわたしはどうなるんだろうなーーと思っていた矢先に『バースデー直前スペシャル』と銘打った生配信が発表されて一体何があるんだ、映像出演か?あっ『バースデー直前SP』だから分かったバースデーイベントか?ハハーンなるほど、かいしょーまくんも最近やってたしアミューズそれに活路を見い出したのだな??といろいろ考えながら見た生配信、そこで発表されたのは『カレンダー発売記念の握手&チェキ会』というひっくり返る内容だった。嘘でしょ?????と配信を見ながら500回ぐらい言ったしまさかあの事務所がそんなことするとは思っていなかったのでなんなら生配信が終わってからも動揺していた。

動揺し過ぎである

発表されて2秒ぐらい(行くのか…?)と思ったけれど2秒後には『行ーこう!』と決めており、しかし何もわたしは分かっていなかったのだ。どんな風に売るのかとかいつからスタートなのかとか何も一切見ていなかった結果、事件はその週末に起こった。当時わたしは自分がPRJリーダーを務めたイベントを目前に控えており、武道館翌週の金曜の夜から搬入、そして土日終日で本番という鬼スケジュールにブチ切れながら日々の仕事をこなしていた。
土曜の朝、心配された天候(屋外イベントだった)も無事に晴れ、小休憩でTwitterをのぞくと『完売じゃん』『すぐ売り切れたね』という文面が並んでいた。今日何かのチケット発売だったっけ…と思ってTLを追うと『カレンダー発売イベント』の文字。それですべてを察して慌ててサイトに飛ぶもそこに並んでいたのは非情なまでの『×』だった。

絶望感漂う当時のツイートをお楽しみください

慌てて携帯と支給されているiPadを引っ掴んで『ちょっと連絡入ったので緊急対応してきます!』と現場のスタッフに言い残して控えのテントに駆け込む。まあ緊急対応なことに嘘はないからな。必死に画面リロードして△を狙うも、カード決済の手前で売り切れになること数回。もう半泣き。ちなみにこのチケット、分配ができなかったので他の人に頼むことはできなかった。頼むからちゃんと販売方法は読んでおいてくれ過去の私よ。抽選だとばかり思ってるんじゃねえぞ世の中そんなに甘くないしお前は抽選に当たらない。
テントに籠城すること5分ほど、なんと奇跡的にそのタイミングで追加の時間帯が更新される。初めて見た『○』の表記。指先が震えに震えているのをどうにか深呼吸で抑えて、2券と1券をカートに入れていく。カード番号?今分からん!Loppiで払うわ!!と半ばキレながら進んで行った結果、

人間って追い込まれると何でもできるんだなと知った瞬間であった。

このような道のりを超えてなんとかかんとかチケットを確保したことに安堵してそこからのイベントを全力でこなした結果、その夜にとあることに気づく。

おかしいな…………

そんなわけで3枚のチェキと2回の握手をすることが10月の終わりに確定した。残された時間は2ヶ月。ちなみにその間にプレミア上映イベントと細胞とAAAとおわまりがあったので推しも自分もそれなりに忙しい日々を過ごしていたのだが、わたしはずっと『本当に…撮るのか…??』と自問自答を繰り返していた。あんなに大騒ぎしてチケットまで取っておきながらお前どの口が、と言われそうだけどそれはそれ、これはこれ。

ずっとこんなようなことを言っていたのでその節はフォロワーの皆様すみませんでした生暖かく見守ってくださってありがとうございました…
とりあえず肌荒れがひどかったので(高画質で撮るわけでもないくせに)どうにかしようともがいて保湿に保湿を重ねた結果ここ10年で最高の出来になったので(これでも)保湿はするもんだなと思った。フェイスマスクにシリコンマスク重ねて放置するのは本当にすごい。あとビオレの洗顔マッサージジェルは信じられないくらい肌がつるっつるになるのでレコメンドしておきますね

ちなみにダイエットは早々に諦めた。意識はしたけど2ヶ月やそこらで変わる気がしなかったのでおやつをプロテイン系のものに変えたくらい(※特に効果なかった)

12月に入ってからはもうとにかく『早く24日にならないかな~』という気持ちと『本当に…推しとチェキを…??』という気持ちがずっとせめぎ合ってて、どちらかというと後者の気持ちが大きくて感情の振り幅を自分でコントロールできない!という事態に陥ったもののなんとか当日、つまり今日を迎えた。

昨日までやっていたおわまりで、推しは今の彼が演じるにはハードルが高い役を約10日間演じていて、初日見た時は『これチェキ会の時どんなテンションで行けばいいんだろう』ということが頭を過った。これはまたどこかで書けたらなとは思うけれど、役にも話にも色んな感情とか意見が散見されていて、それは別に悪いことでも何でもないけどどこか彼が役に『引っ張られている』ような気がしていたから地味に心配していた。けど、千秋楽のトリプルカーテンコールでホッとしたような、どこか安堵したような顔で笑っていた顔が見れてああ大丈夫そうだな、よかったな、と思った。閑話休題

そして迎えた当日。1部(スタートの回)を取っていたので会社に行くのと同じくらいの時間に起き、いつもは使わない色の鮮やかなアイカラーとリップを入れて、染めたばかりの緑がかった髪をセットして、散々迷った結果ショートブーツを履いて家を出た。いい天気でよかったけど風が強くてしかもめちゃめちゃ寒くて『あっなんかもう帰ろうかな?』と思った(実話)
とかなんとか言いつつ渋谷に着いてお店に入ったらポーズが4つあると言うではないか。指ハート、腕ハート、見えてますよ、ダブルピース。見えてますよが入ってるところが本当に彼らしいな~~~~!!!と思った。入れてくるかなあと予想していなかったわけではないけれど、あくまでもあれは『いっちゃんのポーズ』という印象が強かったからドリフェスが関係ないところではやらないかもなと思っていたので予想を見事に裏切られた。指ハート含め、そういうところ本当に『ファンが望んでいるもの』をすごくよく把握してるんだなあと尊敬する。やはりあなたはアイドル向きだと思います。
ちなみに1部あたりで見るとリアルに100人くらいいたんじゃないだろうか、1部と2部の間の休憩取れてなかったっぽいので本当に…申し訳ない……という気持ちでいっぱいだった。クリスマスくらいゆっくり休んでくれてよかったんだよ…チキン食べながらホーム・アローン見てくれ…(とずっとフォロワーさんと言っていた)
荷物を置いて、チケットだけ持ってパーテーションの前に並ばされる。それを超えると、当たり前だけれど、推しがいた。当たり前すぎる、パーテーション超えたら違う人がいましたー!なんてなったら訴訟モンだわ、なんて本当にどうでもいいことを考えていたら自分の番になった。場ミリしてあるその位置は間違いなく本人の真横で、えっここに立つの??本当に??と思ったら目が合って、というところから気がつけばカレンダーを受け取るということを3回繰り返したらあっという間に2時間経っていた(3枚撮った)そんなわけで今、うちにはカレンダー諸々のセットが3つとチェキが3枚ある。どういう了見だ怖い。

まさか、推しと『並ぶ』日が来るとは思っていなかった。対面で話したことはそれなりにある。握手とかハイタッチとかお見送り回とか、まあなんか色々チャンスには恵まれていたのだと思う。それが、応援し始めて約3年経った今『横に並ぶ』なんてことが起こるなんて思わなかった。実際に差し向かって分かることはたくさんあるけれど、横に並んだらどんな気持ちになるんだろうと思っていたけれど、そんなこと思う暇もなかった。そこにいたのはいつもの推しで、あーいつもと変わらないな~と3回とも思って、でも『変わらないな』と思えるのって実はすごいことなんじゃないかということに気付く。気持ちやテンション、対応にムラがないというのもそうだし、ずっと同じであるということを『進化ではない』という人もいるかもしれないけれど、現状維持こそが一番難しいことなのだとわたしは思っているから。まあ自分自身が彼の琴線に触れるようなことをうまいこと言えてないだけなのかもしれないけども、一体何が正解かどうかなんてわからないからね。推しに『ん?』と思わせなければそれで成功だということにしておきたい。

過ぎてしまえばどうってこともなく、今はだいぶあのどうしようもない焦りみたいな気持ちは感じなくなったけれどまあそりゃあ自分の写ったチェキなんて見れるわけもなくカレンダーと一緒にカバンにしまってある。持ち歩くのもどうかと思うし、かと言ってしまい込むのも…とちょっと持て余しているのだけどみんなどうしてるんだろうか…なんて考えながら来週の再試合(31日)に備えて話のネタを準備しようと思う。またいつもみたいに『ありがとう!』と言い逃げみたいに言って終わるかなあ。この1年、あなたを推していて楽しかったよ最高だったよということを伝えられたらそれでいいや。

『女性向け』とグッズとアパレルの話

大変寒くなりましたね、こんばんはわたしです。気がつけば11月は終わっているし12月も1/3終わっているし、こんなはずじゃなかったんだよ平成最後の秋。武道館の感想はメビレくらいまでしか書いてないのに6000文字くらいになったので途方に暮れています。年末年始の課題にします。ちゃんと振り返っておきたいんだ……そしたらきっと未来のわたしが喜ぶから…

さて、話は変わりますが11月の半ばにこんなことを考えていました。

『そういうアパレル』とは推しの顔がバーン!と分かる形でデザインされたもののことを指しています。具体的にいうとこういうやつ(※曜ちゃんなのはただの趣味です)
ここで書いていた通りわたしは普段からグッズを持ち歩かない・使わない人間なのですが、一方で周りを見ればひと目見て『ああ、○○(ジャンル)のグッズだな』と分かるものを使っている人もいる。そこに男女差はあるのか?もしくは男女向けのジャンルの問題か?といろいろ考えてアンケート取ってみよ~!と思い至りました。相変わらずくだらないことばかり考えている。そんなわけでここから約9000字お付き合いください!
※本アンケートは非公式かつ趣味で行っているものです。個人の意見が多分に含まれておりますが特定の人やジャンル等を非難、誹謗する意図はありません。また生ログの提示もできませんので予めご了承ください。

1.性別

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アンケートを募ったアカウントがアカウントなのでこのような結果になりました。これ男性の意見が入っていたらまたちょっと変わったのかなと思う。

2.好きなジャンル

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もうちょっとうまく定義しておけばよかったなあと思うんですが、ここでいう『男性向け』とは例えばラブライブ、バンドリ、けいおんなどの『女性が主役である』もの、『女性向け』とはドリフェスうたプリ、刀などの『男性が主役である』ものと一旦定義します。
比率だけで見るとわりと男性向けジャンルにいる方って少ないんだなあとパッと思いました。ラ!の現場とか体感2.5割くらい女子だと思ってたんだけど意外とそうでもないのかな…

3.2次元キャラクターのグッズを外に見える状態でつけられるか

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えっこんな少ないの!?と感じました。わたしは外に出して持てない派なのですが、それこそドの現場や他の色んなイベントでも体感的に何かしら1つは付いている人を見かける気がしていたのでマイノリティかと思ってたんですがそうではないようだ…。
これ、『どう付けるか』はわりとバリエーションある気がします。カバンに1コだけついてる人もいれば、古のガラケーのようにスマホにガッツリついてる人もいたり、あと痛バほどではないけど持ち物にいくつかグッズがついてる、って人もいたりするので幅はあるんだろうなあと。これは後の質問とかけ合わせて見てみると分かるかも。

4.2次元キャラの痛バを持てるか

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この数字、わりと信憑性あるのではないか…?と思った質問。わたしが3で感じた『みんな結構グッズつけてない?』と感じたのは『イベント』などのいわゆる『現場』で見るからなのだなあ、確かにそれ以外の、例えば普通に遊ぼう~とかコラボカフェ行こう~レベルの現場であればその比率ってぐっと下がるなと思います。コラボカフェは割とイベント寄りだと思うけど。

ちなみに『グッズを外に出した状態で持てない』と答えた方が83人いた中で、『痛バを持てる』と答えた方は24名。3割が『普段は持たないけどイベントの時には持てる』ということで、これも面白い数字だなあと思いました。イベントや現場ってひとつの儀式のようなものだし、それに向かってメイクする、ドレスアップするっていうのと同列に『持ち物をショーアップする』というのも1つの方法なのかもしれないなあと感じます。あとね~~すごく個人的かつクソみたいな意見で申し訳ないんだけど痛バやグッズを持ってる人にはトレードのとき声をかけやすいんだ…ド以前のジャンルの時にとてもお世話になっていました…。本来の意味としての『推しの主張』という点においてはグッズってとてつもなく強い効果を発揮しますよね。
一方で、『いつも持たないしイベントのときにも持たない』というのも分かる。わたしもそのタイプで、わたしはただ単純に『イベント用に痛バ作ったりグッズを引っ張り出してきて装備するのがめんどくさい』ってだけなんですけど(…)まあそういう方も2割くらいはいるんじゃないかと思っています(…)あとはポリシー的に持たない人も多いんだろうなあと思う、これはあくまでも自分が付き合ってきた友人のデータに基づく論説ですが『オタクになったのが遅い』もしくは『二次元を好きになったのが遅い(少なくとも10代後半になってから)』という人はそういうグッズを避ける、あるいは極端に許容するという傾向にある気がします。わたしの友人たちにはそういう人たちが多く、自分自身も大学に入る頃に自分はオタクなんだなと認識したのでグッズを避ける傾向にあります(買うけどしまいこんじゃう)

5.3次元キャストのグッズをつけられるか

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『持てない』が約6ポイント増。個人的には『グッズ』という括りになると2次元も3次元もあんまり関係なくない?と思っていたのでこの結果は少し意外でした。大枠で言ってしまえばグッズを持つか持たないかみたいなところだと思っていたので…ちょっと何言ってるのかよく分かんないけど…。
ちなみに『2次元グッズを持てる』と答えた方が37人いる中で『3次元キャストは持てない』と答えた方が18人、約半数の人が『2次元のものは持てるが3次元のものは外に出して持てない』という結果になりました。逆に『2次元は持てないけど3次元ものは外に出して持てる』という人は11名で、比率ではなくこの数字だけ見ると『2次元のグッズを持ち歩く人が多い=心理的ハードルが低い』ということも言えるのかなと思います。

話は変わりますが某48Gはひとりひとりのアイドルを『キャラ』として扱ってるフシがあるなあとなんとなく思っていて、もちろん公式が二次元キャラにするということもあるけど(ex.ぱちんこAKB)3次元の本人たちのものでも躊躇なくグッズにするなあと見ていて感じます。たとえばこんなのとか。難しいな、『キャラ』として扱ってるということなの?と聞かれるとうまく言えないんだけど、個人の顔がグッズになることがすごく多い。タオルとかキーホルダーとか、あとはマグカップとか。とは言えあの界隈はすごく独自文化が発達してるよなあと元いた身からすると思うし(未だにハチマキやハッピがいる、割といる)それを割とファン側も許容しているように見えるので外野がとやかく言うことではないけどな!ただ『推しタオル』なる、アイドルの顔がプリントされたハンドタオルをもらった時は(いらねえ……)ってなったしもうどこ行ったか分からないですね…
ただ面白いのはじゃあ上みたいなパーカーが例えば某J事務所や某LDHから女性向けアパレルとして出るかと聞かれたら絶対出ないだろうな…と容易に想像がつくところです、いや待て、LDHは分からない…出るかもしれない…(たぶん出ない)これは後述のアパレルの設問にもつながるけど、女性はこういうの着ないだろうなというのがこれほど容易に想像付くアパレルもなかなか見ないのではないだろうか。一方で公式も知恵は絞っているらしく、一昨年頃に謎にロゴとボタニカル柄(当時の流行)を組み合わせた女優帽みたいなハットをサイズ・カラー的に女性向けに出したはいいものの全く売れなかった、しまいには投げ売りしていたという過去もあります。まあ…同じ金額かけるなら別にAKBのロゴの入ってるものを選ばん女子のほうが多いやろな…と思って見ていたところ『このグッズ本当にださいよね』とツイートした強いアイドルがいたんですよね、こじまはるなさんっていうんですけど(大好き)

6.3次元キャストの痛バを持てるか

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これも5の設問に比例して同じくらい減っています。2次元3次元問わず恒常的に持っている人はいないというのは置いといて(ですよねーという感想しか出てこなかったため)この設問で『持てる』と答えた人(総数36)の中で『2次元の痛バは持てない』という人は4名で、つまり残りの9割は2次元のものも3次元のものも持てるということなんですよね。もちろん『2次元と3次元のどちらかだけ』とは限らないし、特にミュージカル系、2.5次元モノ系などで言えば『2次元の推しと3次元でそれを演じている推し』を混在させて持っている方も多いんじゃないかなと思う。

ところでちょっと話は変わるんですが、いわゆる2.5~3次元のものってどっちに振りたいか分からないグッズ多くないですか、わたしの気のせいですか。たとえば個人ブロマイド(個ブロ)トレーディングブロマイド(トレブロ)はどちらかというと『見せる』ものではなくて『コレクションする』もの。ドでいうとドリカも比較的その性質が強いものだと思います、後期ドリカポーチを売らなくなったのはなぜなんだ…って思ったけど。それらは『コンプリート』を目的として買う人もいるし、逆にわたしみたいにとりあえず推しだけ集まればいいや~って人もいて、ただ最終的には自分の家のアルバムに収まるじゃないですか。それは分かる、めっちゃ分かります。アルバムばっか増えていく。
一方で例えば缶バッジ、アクリルキーホルダー(アクキー)、アクリルスタンド(アクスタ)という紙モノではなくいわゆる立体モノって、アクスタ以外って何を前提にして作ってるんだろうと思うのです。アクスタは今流行ってるし、どちらかというと家の中に飾るものなんだなって想像が付くけど(でも持ち歩いて一緒に写真撮るのもかわいいよね、自分は折りそうだからやらないけどそういう写真見てかわいい~!と思う)特に缶バッジはどっちなんだろう…と思うんですよね。持って歩くもの?それこそ痛バ需要を見越して?とは言え缶バッジって割と昔からあるグッズ(これは2次元3次元問わずだけど)だとは思うんだけど、なんだろうあれもコンプリート欲を満たすためのものなのだろうか…。

更にそれがトレーディングになるともうイーーーー!!!ってなる。わたしは博打を打たないタイプなので確実に推しが買える!と分からないものにはあまり手を出さないようにしてるのですが(信じられないくらい課金するから)買って買って推しが出なかった時のあの虚無感って他に例えようがなくないですか……。これ書いてて自分でもなんでかなと思ったんだけど、トレブロだとまだなんとなく納得感がある…というより、まだ仕方ないかって諦めがつく。一方でバッジなどの立体モノは虚無感がすごい。それって、本当にそうとしか思いつかないんだけどわたしにとっては『立体的か否か』なんですよね。
前述の通りわたしはグッズを買ってもしまいこんじゃうタイプなのですが、そこに『トレーディングできなかった、推しではない誰かのグッズ』が加わるわけです。それが箱推ししてるグループの他のメンバーとかだったらまだ分かる。分かるというか溜飲が下がる。でもまったく関係のない、名前すら知らなかった人のグッズをどうしろと…ってなるわけです。舞台の共演者ならまだいいとしてもアンサンブルさんのものが手元にあってもさあ…ってなる。アンサンブルのはいらないのか!全員で一緒に舞台作ってる仲間だろ!っていう言葉も、まあ分からんでもない。だったらトレーディングじゃなくて普通に出せや。トレーディングにしなきゃいいやん、ってなる。結局バクチ性を打ち出して、なおかつサイン入りなんかのレア性も打ち出して売上を立てようとしてるだけやんけ~~~!!ってなってこれ書きながらイライラしてしまった、取り乱しましたすみません。私怨がひでえ。

まあただ、これって別に立体か否か、もしくは2.5か否かにはあんまり関係ないんですよね。今のオタク向けマーケットの潮流自体がそういう向きになってるんだろうなあと思う。なんなら2次元グッズの方がまだ良心的じゃない…?って思うことの方が多い気もするんだよね…あと『トレーディング』という名を冠して売り出すならトレーディングエリアは作れ、そして会場内のトレーディング禁止すな。もちろん邪魔にならない場所で人に迷惑かけないことが大前提としても、とある舞台で見た『会場内でのトレーディングは一切禁止、開けた瞬間スタッフに監視される』ってのはどう考えてもおかしいでしょ…そっちがトレーディングモノ売ってんのにさ…。

7.キャラクターアパレルについて

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実はこのアンケートを取ろうと思ったきっかけがこれだったんですよね↓

いわゆる女性向けジャンルで顔バーン!全身図バーーン!みたいなアパレルってあんまり出ないなと思ってて、でもそれって男性向けジャンル(ちなみにこの時はサ!のドームライブに行く人達を見ていた)では割とグッズとしてメジャーだしファンも着てる人多いし、その差ってなんだろうなと思ったことからこのアンケート取ってみようという考えに至りました。考えてみれば比較的男現場だと感じたアニサマでもそういうアパレルを着てる人多かったなあって思ったんですよね。あとイベントでなくても、わりと秋葉原歩いてるとそういう人は定期的に見る。

で、ある種想像通りだなと思ったんですが9割の女性は『着ない・着れない』と答えている一方で1割の人は『着る・着れる』んですよね。これが多いのか少ないのかはモノサシがないので断言はできないのと、「たとえばこういうもの」って例を挙げなかったから着れるという人の中でも差があるんじゃないかなとは思うんだけど、それでも一定数はいるんだ…!と驚きました。否定するとかではなく、イベントごとの時なら着る!着れる!って人はいるだろうなあと思うからこれはまた信憑性ある数字かなと思います。わたしが知らないだけで女性向けマーケットですでに出てるかもしれないし。
ただこの9割という数字をメーカーというか版元も理解しているのか分からないけど、女性向けアパレルにそういった商品って滅多にないですよね。だからもしかすると『そういうものが出れば着れる』人もいるかもしれないなとは思う。女性向けジャンルでそういうアパレルが出たのって1つしか知らないから…GSっていうんですけど…あと仲のいい友人がイベントの時に元気いっぱいそれを着てて爆笑した後いっそ尊敬したことあるんですけど…スタイルがいいのと他の服との組み合わせが絶妙だったんだ…

8.非キャラクターアパレルについて

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これもある程度想像に違わない数字だったなあと思うんだけど、一方で『着ない・着れない』と答えてる人が想像以上に多かったことに驚きました。わたしはこっちは着れるタイプの人間ですがもったいなくてなんとなく着れない(やっぱりしまいこんじゃう)
あとこれ難しいな!?って思うのは書いてある文字が日本語かどうかって大きくない?!すごいピンポイントな話だけどドのファンミ02Tは日常的に着れるけどユメノコドウツアーT黒(胸に『ユメノコドウ』って書いてあるやつ)は着れない…なぜならパッと見で読めてしまうから…(カバンに付けてたハンサム2017のバッジを親に音読されたトラウマ)ただツアーTっていろんなアーティストが出してるからわりと市民権を得ているものなのかなとも思います。でも自分が駅とかでツアーTっぽいものを着てる人を見ると文字を読もうとしてしまうから周りからしてもそうなんだろうなと思う。わたしはファッションセンスが悲しいくらい皆無なので下手に着れない(悲しい)

ちなみに面白いなと思ったのは、『キャラアパレルを着れる』という人は全員『ロゴアパレルを着れる』と答えていて、一方で『ロゴアパレルを着れない』という人は全員『キャラアパレルを着れない』と答えていました。どちらも分かる。さらに『キャラアパレルを着れる』という人の9割は『二次元グッズを外に出した状態で持てる』と答えていたのもあったので、なるほどそういう部分においてのハードルはアパレルもグッズもニアリーイコールなんじゃないかな?と思います。

9.2次元グッズin室内

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敢えて『部屋』のタイプを限定はしなかったのですが(一人暮らし、実家、同居人の有無など)『飾れるし飾っている』という7割の人はある程度『個人の部屋』を持っているのではないかと推測されますね。もちろん共有スペースに飾れる、飾っているという人もいると思いますが。あと『飾れるジャンルとそうでないジャンル』があるのも正直あると思う。
そしてこれもあくまでも推測だけど、『飾れるが飾っていない』という理由には『心理的要因』と『物理的要因』があるのではないかと思います。前者は家族の目、同居人の目、もしくは一人暮らしであってもそういうグッズを飾るのには抵抗がある、というところ。後者でいうと圧倒的に多い理由が『飾るスペースがない』というところがあるのではないかなと思います。もちろん工夫すればそんなの作り出せるわよ!というDIY精神あふれるオタクの人もいると思うけど、わたしもそうだったんですが収納が壊滅的にできなかったりそれこそセンスがないと難しいかなと思うのですよね…。以前住んでた家がよく都内にありがちな6畳1Kのマンションだったんだけど意外とモノ置けなくて、2つ並べたブックシェルフの化粧板くらいしか置くとこなかったんだけど結局そこにラジカセとコスメ関係全部置いたらほか何も置けなくなるっていう。もちろん棚にはCDと本がパンパンなので…とここまで書いといてなんですがグッズ云々ではなくそれはわたしが片付け下手なだけだったのではなかろうか。

ちなみに『2次元グッズを持てる・持ち歩ける』と答えた方の約8割が『部屋にグッズを飾れるし飾っている』という回答で残り2割の方も『飾れるけど飾っていない』だったので、恒常的にグッズを持てる人は『グッズを常に目に入れたい、身につけておきたい、近くに置いておきたい』という意識が強いのかなと思いました。あんまり2次元と3次元の境目はなさそうな気がするけども。あと『飾りたくないが飾っている』という方はさすがにいなくてちょっとホッとしたというかなんというか…もしいらっしゃったらちょっと詳しく話を聞いてみたかった感はある…笑 そして『飾りたくないし飾っていない』と答えた方はごく少数でしたがすべて『2次元グッズは持ち歩かない、痛バも持たない』という答えだったのも納得感がある。また、『そもそもグッズを持っていない』という人もごく少数でしたがいらっしゃいました。どのジャンルにいるかにもよって変わってくるとは思うけど、中の人先行だと2次元側のグッズをほしいと思わない・自分から積極的には買わないという人もいると思うのでこれも分かる。自分も比較的この2分類に近い考えなのでその辺りもうちょっと詳しく掘り下げたら面白いかもなあと思いました。

10.3次元グッズin室内

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『飾れるし飾っている』が約9ポイント減、比例するようにして『飾れるが飾っていない』が約8ポイント増になっていて、やや3次元グッズを飾るには抵抗がある人が多いのかな?という感想を持ちました。個人的には2次元よりも3次元のものを飾るほうがどちらかといえば抵抗がなくて、それってなんでかなと思った時に『元ジャニオタだったから』というところじゃないかなというところに思い当たったんですよね。それこそ実家の自分の部屋にポスター貼ったり、雑誌の切り抜きをペタペタ手帳に貼ってたりしたので(※年代がバレる発言)あんまり抵抗がなかったというかなつかしいな~くらいの感覚が合ったのではないかと思う。
一方で『生身の人間だから』という理由で敬遠されてるのかなあというのも予想していました。身も蓋もないことを言うと、『実際にそこにいるかもしれない人をグッズ化したものを付けて歩くの…?』と思われることを是とするか非とするかみたいな話なんじゃなかろうかと…えっこれ表現するの難しいな…。グッズにしてしまう、『印刷された立体物』にしてしまうのって、ある種その対象となる人をキャラ化してるんじゃないだろうかと思っていて、それって別に良いとか悪いとかではなくて、そこに違和感があるかどうかで持てるか持てないか、部屋に飾れるか否か、というのが人によって変わってくるんじゃないだろうかと思います。うーーん、これ本当にうまく言えないんだけどじゃあウチワはどっち!?みたいな話になりそう。ちなみにウチワは個人的には立体物です。

あとこれ、2次元にも3次元にも言えるんだけど『推している対象』ではなくて『自分の年齢と立ち位置』がそれをできるかできないかの境目になっているような気がします。今回はその辺りを知りたかったわけではないので敢えて選択肢からは外しましたが。わたしでいうと成人してまあまあいい年月経っていて、ともすれば『まだそういうオタク的なことやってんの?』と言われてもおかしくはない年齢なんですよね、でも別に部屋くらいいいじゃん?という気概でアクスタ置いたりいっちゃんぬい置いたりしている。どうせ今家に来るのはオタク趣味を介して知り合った友達ばかりなので(悲しい事実)
逆に言うと、同じ年齢で例えば結婚していて子供がいるとしたら同じことは絶対にできない。オタク趣味をパートナーにどこまでさらけ出せるかというのもあるけど、自分だったらあんまりさらけ出したくないしそこまでして飾りたいとは思わないので、もし結婚したとして相手がオタク趣味にあんまり興味のない人だったらスパッと部屋から片付けるだろうなあというのも分かります。でもこれってまじで2次元も3次元も関係ない気がする、個人の考えと資質…というか素地?の問題な気がする。

話はそれるけど、これに近しいのって『携帯の待受を推しにできるか否か』だと思う。携帯も自分の部屋も限りなくプライベートに近い空間で、そこをどういう風にデコレーションするかは個人の自由、という共通点がある中でそうするかしないか、みたいな。ちなみにわたしは『推しの顔が映っていない写真なら待受にできる』というクソめんどくさいオタクです(…)ガラケーの時はその時の自担(※ジャニオタ用語でいうところの推し)のイメージカラーにモチーフマークとイニシャルを入れた待受を自分で作っていました。悲しい過去。『好きなものを身近に置いておきたい!でも万人が見て一発で分かるのは嫌だし困る!』というこのニーズ、もっと販売元やメーカーは汲み取ってくれてもいいと思うんだ……まあ何したって分かる人には分かるんですけどね!ユメノコドウツアーのファーチェーンなんかいい例だよ!あれは良いグッズだった、ハート型じゃなければ100点満点中590万点だった。

総括して、『どういうオタクであるか』と『その人が仕事や社会においてどのような役割であるか』によって多少なりとも変わってくるのかな、とアンケートの回答を見ながら思っていました。あと、身も蓋もない事を言ってしまえば『オタクである自分を良しとするかどうか』。
わたしは2次元も3次元も緩やかに推してる(つもり)のオタクですが、後悔はしてないけどそれを決して100%良しともしてないので大手を振ってオタクです!とは言わないし、それに比例する形で2次元3次元問わずグッズも持ち歩かない。元々コンプ欲がそこまで高い方ではないというのもあるけどグッズにはこだわりはなく、ドにハマるまで家にグッズを見える形で置いておくなんて絶対無理!というタイプのめんどくさいオタクだったんですよね。だったのにラ!の推しキャラのフィギュアをもらった時はまじで困ったしなんなら呪った。でもまあ、今はそれを否定もしないし、フィギュアはおろか缶バッジのひとつだって部屋に飾れない、飾りたくないっていうオタクだっていっぱいいるだろうし、逆に痛バを持った上に高いヒール履いてヘアメイクバッチリ!というオタク見ると本当にすげえな!ってなる。単純に痛バって重くない……?肩こらないの…??って思うんだけどどうなんですかね…

もう色々と話が盛大にそれて(このアンケート一体何だ…?)となりましたが、ご協力いただいた120人のみなさま、本当にありがとうございました!これからも健やかなオタクライフができますことを心よりお祈りしております!!トレーディングで推しが一発で来る呪いをかけておきます!