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Thirsty Thirty

生活、ときどきオタク

『センターに立つ彼』の話

突然何を言い出すかと思っただろ?私も思っている。今までDFについてあれこれ書くことがなかったのでちょっとブログに味をしめました。

さて、常々思っているのですが、彼は本当に不思議な人だなと思います。腹の中をのぞいたらビックリするぐらいの温度がぐらぐらと煮えたぎっているような野心を持っていて、それでいてそれをあまり外に出さない、というよりも出せない人なのかなと個人的には思っている。そんなそーまくんのことをあれこれ考えてみました。それもこれもあれもこれも全部個人的な意見かつ主観です。

そもそも論としてですが、何度かTwitterでも発言はしたことあるのですが私最初は彼のことがあまり得意なタイプではありませんでした。それは前述したとおり『外に出さない/出せない』部分のところがどうしても得意ではなかったというところが大きいんだろうなあと思います。男女問わず感情が外に出やすい人のことを好きになる傾向があるので、どうもあの『腹の底が見えない』感じが得意じゃないなあ、と。ドリフェスにハマってから1年とちょっと、最初に比べればだいぶ印象も変わったし意外と感情豊かな人なんだろうなあと分かっては来たけれど、それでも彼のことは『変に肩入れしない』という点でまだフラットに見られているような気がします。あと『出せない』というのは、性格的なものもあるとは思うけどどちらかというとその若さというか世代感的なものもあるかなとも思っている。

PRJが始まった…というかキャストが発表になったタイミングで私は全然そーまくんのことを知らなくて、何ならお披露目イベントの時も全然認識はしてなかったんですけど(本当失礼だな今考えると)初見の感想は『赤っぽくない、センターっぽくない子だな』ということだったなあと覚えています。よく言えば気負いがない、悪く言えば真ん中に立つべき子だ!という感じがない、というか。今もその感想はあんまり大きくはブレてないんだけど、彼自身も彼を取り巻く人たちもガラッと変わったからか、見え方が少し変わったような気はします。背中をそっと支えられながらも、自分の脚でしっかりと立ってるような印象。

彼に関してはすごく印象的な思い出があって、それこそそのお披露目イベントの最後にハイタッチ会があって『じゃあイベント終わりまーす、準備するのでしばらくお待ちくださーい』ってアナウンスがあった時にキャスト5人が立って準備してたんだけどその時にフンッ!って改めて気合を入れるような仕草をしていて。やばいこれ全然伝わる気がしないな、細かくは覚えてないんだけどとにかくそういう仕草をしていたと思ってください。それを見て、今なら『ああ頑張ろうとしてるんだな』って思うかもしれないけどその時は『ああこういうの慣れてないんだな、こういう風にリセットしないとなんだな』って思ったんですよね。緊張してたのもあるだろうし、やっぱりその時も『この子大丈夫かな、楽しめてるかな』って感じたのもあったからなんだと思うけど、何となくフワフワしてるように見えて。

あとは全国行脚とかのイベントで短時間ながら何度か対面で話したことがあるんですが、なんというか、どうしても他の4人に比べるとイマイチ盛り上がりに欠けることが多くて。それは私の話が下手くそだってのももちろんあるんですけど、どうしても自分が『今日何話そう、乗ってきてくれなかったらどうしよう』って心配して尻込みしてたところがあるのかな、と。そういうのも相まって、無意識のうちに遠ざけていたところがあるような気がします。

彼のことを何となく苦手にしてたのは偏にそういう風に『熱量が外に出にくい』ように見えていたからなんですけど、それが少しずつ、けれど確実に変わってきたと感じたのはファンミ01の辺りの頃だったかなあと思います。それは02で語ったところの『全国行脚で各地に行って、お客さんが埋まってなくて悔しい思いもした』っていう頃と一致するのかなあとうっすら思っているけれどどうなんだろう。ファンミ01の彼は、それまでの全国行脚やAJで見ていた姿とはどこか違っていて『センターらしいセンター』っぽくなったなあ、と感じました。『居場所を、自分たちの存在を勝ち取るために貪欲になり始めた』っていう感じがし始めたというか。もしかしたらイチから自分たちのことを知ってもらうことの難しさにぶち当たったり、だからこそ既に応援してくれている人のことを大切にしようと思い始めたのかもしれないな。

そして決定的に変わった!と思ったのがリリイベの時で、最後のMCで『(応援してくれる)みなさんのことを、DearDreamerって呼んでいいですか』ってくしゃくしゃの泣きそうな顔で言ったあの表情が未だに忘れられなくてな…。ああそーまくんってディアドリに、そしてドリフェスのファンにこんなに思い入れを持ってるんだ、と改めてその時実感しました。その時点でディアドリは結成して約1年、その間にアプリのリリースがあったりアニメのアフレコがあったり、いろんなイベントがあったり、それこそリリイベのためにダンスや歌を叩きこんだり、といろんなことがあってディアドリとしては『成長せざるを得ない』状況にあったんだろうなと想像してるんですけど、その中で『ディアドリとして』ではなく『彼自身として』も成長せざるを得ない状況にあったのかなあ、と思います。ある意味進化なのかなあとも。

ただ私は劇プレにいる時のそーまくんのことを全然知らなくて、だからこそこういう勝手なイメージがあるのかなあとも思います。夏のイベントとストラボでしか見たことがないんですが、その時はその時でまた全然違う表情してるんだよね…。ディアドリの時は『一番の末っ子で、忘れ物とかでみんなに呆れられながらもセンターとして自分の脚で立って、周りもそれを支えている』っていうイメージなんだけど(長い)、劇プレの時はもっと野心が見えているというか。周りが芸達者かつ芸歴も長いお兄さんばかりだからか、『爪痕残してやろう』『ガツガツ喰らいついて行ってやろう』という面が出てきているような印象。だから劇プレにいる時の彼を見た時はすごくびっくりしました。ディアドリにいる時と全然違うじゃん!って。笑 それはハンサムの時も同じようなこと思ったかな、ディアドリというある種の『井』から飛び出すと一気に顔つきが変わる感じ。だから今猫ひたで頑張ってる姿を見るとちょっと嬉しくなります。ウルっとくる。おばあちゃんだから。

男性でも女性でも、アイドルグループのセンターって『絶対的センター』と『みんなに支えられながら立つセンター』の2種類に分けられると思っているんですけど、それで言うとそーまくんは圧倒的後者だと思います。ともすればぽんこつセンターとも言われるような後者だけれど、それでも『その人をセンターにしたい、立たせてあげたい何か』を持っているからこそみんなが支えてあげられる。そういう人なんだろうなあと。個人的には前者はどこか『孤高』で、センターである故の悩みや寂しさを誰とも共有できなかったりするところがあるんだろうなと思っているんだけど、考えれば考えるほど奏もそーまくんもそういうことには縁がなさそうだなと思ってしまうので…笑

アニメを終えて、いろんなイベントやライブを終えて、少しドリフェス以外の仕事にもベクトルが向き始めた彼が、今年どんな進化を見せてくれるのかがとても楽しみです。そしてそれをどんな風にドリフェスに、ディアドリに還元してくれるのかもめちゃくちゃ楽しみです。本当に楽しみしかない。この世には愛しかない。(※パクりました)