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Thirsty Thirty

生活、ときどきオタク

『願えば叶う』という話

『願えば叶う』という言葉があります。『if you can dream it,you can do it.』というウォルト・ディズニーの格言が元になっていると思われますが、私はあまりこの訳し方が好きではありませんでした。これだと、「願っただけで叶ってしまう」というニュアンスに聞こえてしまって、本来ならばそこにあるべきの努力や過程なんてものが何もかもすっ飛ばされてるような気がして。願うだけで叶ってしまうなら、この世にある『願い』の大概のものは叶ってしまう。それって面白くも何ともないなあ、と。

けれど、ダブル・スタンダードかもしれないけど、『願わなければ叶わないこと』だってあるよなあとも思うのです。よく『願い事は口に出すと叶う』と言われますが、それもまた事実だと思う。ちょっと流れというか道程は変わるけど、『ああなりたい、こうなりたい』『ああだったらいいのに、こうだったらいいのに』という意思表示をすることでそれが周りの人の耳に入って、その願いにつながる道を紹介してくれるからだけど、だからこそその一歩前のステップとして『願い事は口に出さなきゃ伝わらない』んだろうなとも思うのです。

前置きが長くてまどろっこしいですね。つまるところ何が言いたいかというとドリフェスPV集リリースおめでとうそしてありがとうということなんですよね………!!!いやほんと、ニュースターのPVがCDに付属されてたのにプレフラがそうじゃなかった時点で『ちょっと待てよあのクオリティのPVがディスクにならないとかそんなバカな話があってたまるかよ』と思ってたんですけどクロフネのPVが円盤化しなかった時点で『こりゃもしかしてもしかするな…?』と思い始めてシンアイのPVが発表になった時点で『これ絶対円盤化するっしょ…イケるっしょ…』って思ってたらまさかのこんな短期間で出ることになるとはね……本当にびっくりしましたよねさすがドリフェスPRJ、やることがいつもナナメ上を行っている。褒めています。そりゃエゴサぐらいするだろうと思うし直接PV集欲しいです!というご意見が公式の耳に入ったんだろうなとも思うので、やっぱりこういう『PRJに対しての要望』はちゃんと表明しておくもんだなとつくづく思いました。そりゃ直接何らかの形で言った方が伝わる率は高いとは思うけど、直接じゃないにしてもネットのどこかに書き記しておけば誰かが見ることはあるだろうしな。とにもかくにも、とっても嬉しいです。

ところでそんな『願えば叶う』談義からふっと思ったのですが、これってある種ドリフェスの根底に流れている思想と近いものがあったりもするのかなあと思っています。具体的には純哉くんのことなんですけどね。彼はずっと『アイドルになりたい』という願いを秘めていて、それに向けた努力を欠かさずに続けていて、その結果トラシグからディアドリを結成してデビューを勝ち取ったという流れを経験している。彼の場合はアイドルになりたいという『願い』ではなくて絶対アイドルになるという『決意』だったのかもしれないけれど、いずれにしろその夢を叶えるための道程はあのアニメの中できちんと描かれていたんだなあ、と最初から最後まで見た今だからこそしみじみと実感しました。

ドリフェス!』というアニメ(※あくまでもアニメの話)は奏を主人公に置いているから奏の成長を主眼において話が進んでいるように見えるけれど、実のところはそうじゃないんじゃないかな、と私は思っています。そうじゃないというよりも『それだけじゃない』という方が正しいかな、天宮奏という人間が事務所に入ってきて、慎・純哉・いつき・千弦という『個』と出会って、少しずつその在り方を奏に変えられる話。それまでも4人はずっと事務所には所属していて彼らなりのアイドルとしての道を探していたけれど、『奏という個』が入ることでその4人が成長したという事実を描いた話なんじゃないかなあ。慎と千弦は過去との決別を、純哉といつきは迷いとの決別を描かれているけれど、それはずっと奏が現れるまでも持っていた悩みというか澱のようなもので、きっと彼らもそれを打破したいという『願い』を持っていたんだろうなあと思います。それが、奏が現れることで解決につながる一筋の光がぱっと光って、でもその状況を打破したのは他の誰でもなく、もちろん奏でもなく自分自身だった、っていう話。奏は『誰かの願いを叶えたい』なんて大層な想いは持ってなくて、でも無責任なことも言ったりしないし『ああしてほしい、こうしてほしい』とも言ったりしない。ただまっすぐに自分の想いを伝えてるだけだけど、でもそれこそが彼らの探していた『願いに対する答え』だったんじゃないかなと思います。答えというよりも、答えにたどり着くための一歩に向けて背中を押す存在。

私自身は『主人公が絶対正義!』みたいな話ってあんまり好きではなくて、迷ったり間違ったりしながら周りの人に背中を押してもらって成長する話の方が好きなんですけど、ドリフェスってまさにそういう描写が奏に対しても、奏から誰かに対してもたくさんあるなあと思っています。奏は1話で純哉に背中を押してもらったし、奏は他の4人の、そして慎や勇人は圭吾の背中を押していた。『成長しきった誰かが他の人たちを引っ張っていく話』ではまったくなくて、『成長途中の人たちが背中を押してもらいながら、時には誰かの背中を押しながら、少しずつ歩いて行く話』だからこそこんなに惹かれるしついて行きたいんじゃないかなあ、と思うのです。それは3次元の彼らも同じで、リアドリもリアフネも芸歴の差はあれど『誰か』がリーダーではなくて、得意な分野でお互いに補い合っているところがあるなあと見ていてすごく感じていて。濃淡がはっきりしていないからこそ、全員のことを万遍なく好きになれたんじゃないかなあと思っています。それはもちろん2次元の方も同じで、こういうところがドリフェスの妙だなあとつくづく感じているんですけども。

 『PV集おめでとう!ありがとう!』ということから随分話が飛躍したような気がしますがとにもかくにも映像収録はとても!とても嬉しいです!リリイベとか行脚とかの映像もダイジェストでいいから入っててくれないかなあ、ほんとブルーレイで出してくれることに感謝しかない……あの美しさを高画質で保存できる喜び……