Thirsty Thirty

生活、ときどきオタク

『7人』の話

東京行脚、1stライブ、AJ、クロフネVRと当落が続いている今日この頃、皆様におかれましてはいかがお過ごしですか。悲喜こもごもだね知ってるよ……よく分かっているよ……いい加減ドリフェスは自分たちの人気を過小評価するのやめなさいよね…… いや、そんな話はいいのです、今回もお題を戴きましたありがとうございます!

DearDreamとKUROFUNEの関係性についてどう思いますか?(2次元と3次元では関係性が変わってきますが、どちらについてもお聞きしたいです。)

クロフネについてはこの間の記事でだいぶ気持ち悪くあれこれと語ってしまったのでまたあれこれ言うとちょっとしつこくない?気持ち悪っとか思わない?粘着wwwとか言わない??などと思ってたのですが書きたかったので書きました。自由。

まず2次元の話からしましょうか。アニメの話中ではディアドリの方が先にデビューを勝ち取ったある意味『先輩』になるわけですが、とは言えディアドリ5人自身はクロフネに対しての警戒心はまだまだあるんじゃないかなと思います。勇人と圭吾の個人の性格が怖いというわけではなくて、ディアドリに対して一番近いところにいる『脅威』は紛れもなくクロフネなんだろうなあ、と。あの世界ではデビューしてるかどうかがどこまで重要視されるのか分からないけれど、ディアドリはクロフネに対して『余裕で勝てた』ってわけではないことに対してやっぱり危機感は持ってるんじゃないかな。一回デビューしてしまえばそこからは既定路線に乗る(グループ名義のライブをやる、CDを引っ提げて歌番組に出るetc)ことはかなり容易になるんだろうけど、でも彼らはクロフネがデビューできないとはきっとこれぽっちも思ってないだろうから、言い方はちょっと違うかもしれないけれど『先にデビューしたというアドバンテージをどこまで伸ばすか』を考えてるような気がします。特に純哉くんとかいつき辺りはそこらへんを真剣に考えてそうだな、意外とあの二人がグループの先頭に立って現実的に色々と見ながら色々と動きそうなところがある。

逆にクロフネから見たディアドリもまた『脅威』なのかなと思います。脅威であり、二人にとっては『まず一番に超えるべき壁』。勇人も圭吾もクロフネというユニットに絶対的な自信を持っていて、ディアドリも他のアイドルも全部をぶっちぎって自分たちがデビューするんだという気持ちはものすごく強く持っていたけれど、でもそれを『超えた』のがディアドリだった。圭吾はともかくとしても、勇人とクロフネにとってはドリフェスが最初の『敗北』だった。ここからは想像というか妄想が入るけれど、クロフネは『天下を取ってやる、一番になってやる』くらいのことを思っていて、なんなら自分たちはもう一番を取ったと思っていたからこそディアドリの勢いに驚いていたし、負けたことに想像以上のショックを受けていたんじゃないかなと思うけど、でもだからこそ逆に『まず最初に目指すべきライバル』としてマイルストーン化できたんじゃないかな。特に圭吾は慎に対しての感謝もありつつ、でもこれからはライバルだという新たな意志というか再認識を持ったんじゃないでしょうか。そして二人ともが、ドリフェスを通じて『アイドルとは何か』と考えるに至ったんじゃないかな。

いずれにせよ互いが互いを意識してるのは間違いないし、『ドリフェスはこの7人の話である』と前に書いたようにこの2つのグループがなかったら今のこのドリフェスというPRJは成立してなかったんだろうなと思います。とは言えこの二組がギスギスしてるかと聞かれればまったくそんなことはないし、お互いに認め合って尊敬しているのが垣間見えるところが私はとても好きです。もちろん、特にクロフネからしてみればディアドリに対して嫉妬というか『先を越された』という焦りのような思いもあるかもしれないし、先に書いたようにディアドリからしてみれば『ものすごい気迫で追いかけてくる、いつか追い越されるかもしれない』という怖さもあるかもしれない。けれど、じゃあ蹴落として自分たちが勝ち抜こうとしているかと聞かれればまったくそんなことは無くて、正々堂々と真正面からぶつかって行くんだろうなというのが描かれずとも伝わってくるのが、私がドリフェスを好きな理由の一つでもあります。よく私はTwitterで『ドリフェスは光のアニメだわ……』と冗談交じりに言いますが冗談ばかりで言ってるわけでもなくて、あの世界に『悪者』っていないんですよね。悪者と一口に言っても色んなタイプがいますが(最後には改心するとか、最初から最後まで徹底的に嫌われ役とか)ドリフェスにはそもそもそういう人がいない。敢えて言うなら7話のモブくらい。笑 絶対的に強い人も絶対的に弱い人もいなくて、みんなめちゃくちゃ悩むし、迷うし、時に調子に乗ってしまうこともある。いい意味でものすごく『人間臭い』人しかいないから感情移入しやすいのかもしれないし、逆にとても清々しい気持ちで見ていられるのかもしれないなと思うのです。それは、作中である種ヒールのように描かれていたクロフネも同じで。勇人の絶対的な強さを描きつつ、それが揺らいだ時に隣にいて支えるのはかつて彼が手を差し出した圭吾である、ってのがとても好きなんですよね……本当にクロフネに関しては二期がとても楽しみです。今までは圭吾が勇人に引っ張られることが多かったけど、二期では肩を並べ合って歩くだろうのが想像ついてもう今から想像だけで泣ける。

話変わって三次元での彼らはというと、面白いことに立場が逆転してクロフネの方が先輩になります。事務所としてもそうだし、株ちゃんさんとそーまくんまさきくんは劇団という『より小さな単位』での先輩後輩の関係もある。言わずもがなリアドリはリアフネのことを先輩としてとても尊敬しているし慕っているのが伝わってきて、それでいてリアフネの二人がリアドリのことを『ドリフェスというPRJの中では先輩だから』と言う。私、とにかくこの7人の関係性がとても好きなんですよね。リアフネはリアドリに変な『先輩風』を吹かせたりしようとしないし、リアドリは変に自分たちのことを矮小化させて萎縮したりもしない。互いが互いに『先輩』であり『後輩』であるから、ある種対等に見えるのかもしれないな、と思います。変な年功序列がないというと語弊があるかもしれないけど。

そういう点で言うと、ファンミ02を見た時も思ったけどあの7人が『板の上では対等』であるところもまた好きだなあと思います。これは別にドリフェスに限ったことではないんだろうけど、どれくらい芸歴に差があろうとも、年齢に差があろうとも、舞台の上ではそういうのはすべて取っ払われて、『自分一人』で立ち向かって行かないといけなくなる。そのためにいろんな努力をして、全員が『対等』であろうとしているのがあの7人の間にはとてもよく見えるなあ、と思うのです。他がどうこうというわけでも、他を知っているわけでもないんだけど、ドリフェスに関して言えば7人の間に芸歴の差があることを前提として知っているからなおさら強くそう思うのかも。例えば、ミゾタクとかおるくんの間には何年もの芸歴の差がある。株ちゃんさんとそーまくんの間には、年齢差もあれば劇団で培ってきたものの時間の差がある。けれど、『ドリフェス』というステージの中では、彼らは『対等』であるしそうでなければならない。変に『差』がついていることを良しとしない世界の中で彼らは『彼ら』を演じないといけない。そこで変に遠慮したり、逆に変に先輩風を吹かせたりせずに真剣勝負しているところがとてもいいなあ、好ましいなあ、と思います。

とは言いながらも、私はリアフネのリアドリに対する眼差しがとても好きなのです。繰り返し繰り返し言うように彼らは決して変な先輩風を吹かせたりはしないけれど、でもどこか『先輩』としてリアドリを見ているところがあって、その眼差しがとても暖かいから。年末のミラステのトーク場面で公人さんが『そーまの目がキラッキラしてて…』って言ってたけど、その言い方が『後輩がかわいくてたまらない』とでも言いたげで。そりゃあ後輩に懐かれるのは嬉しいし、慕ってくれるとかわいいなあと思うんだろうけど、なんだかとても微笑ましいなあと思うと同時に、そんな風に『慕いたくなる、懐きたくなる人』だからこそなんだろうなあ、とも思って。自分に置き換えてみれば簡単なことなんだけど、好きになる、ついて行きたくなる人ってやっぱり自分を好意的に見てくれる人でしかなくて、じゃあそういう人ってどんな人だろうと考えると『尊敬できる人』なんだよなあというところに行き着くんですよね。公人さんも株ちゃんさんも芸歴は長いし、演技もうまいしいろんなところで場数を踏んでるだけあってきっとリアドリよりもたくさんの色々なことを、それこそ芸能界のいいところも悪いところも知ってる人たちで。でも、そういう人たちが自分のことを認めて対等に接してくれるって、彼らからすればとても嬉しいし、それ以上に『心強い』んじゃないでしょうか。一番近くにいる先輩が認めてくれるということほどやる気につながることはないんじゃないかなあ、と思うのです。

なんかずっと同じようなことを言い続けている気がするのですが、ドリフェスのメインキャストがこの7人で本当に良かったなあ、あまりにも出来過ぎた奇跡のような組み合わせだなあ、とこの文章を書きながら改めて思っています。取り立ててバランスがいい!とかでもないし、みんなうまい!とか逆にみんなヘタ!とかでもない。年齢も立場もバックグラウンドも、色んなものがばらばらだった7人が足並みを揃えながら一歩一歩踏みしめるようにして『ドリフェス』の世界を作る道を歩いて行っている。見たことないような景色を、いっせーの、で見ている。公式にかかわる人たちも仰ってるように、本当に『彼ら』でなければこのPRJは成り立たなかったんだなあ、としみじみ思うのです。そういうものを見ることができる、応援することができるのが、ただただ嬉しいなあ、と思ったところでこの話を終わります(お題ありがとうございました!!)