Thirsty Thirty

生活、ときどきオタク

『表裏一体』な話

全国行脚ファイナルやばかった……最高だったし最高だった…と頭を抱えている私ですこんにちは。語彙力がないのはいつものことなんですけど終わった後に隣に座っていたお姉さん(もちろん初対面)と『やばかったですね…顔めっちゃ美しかったですね…彼ら実在しましたね……』としか言えなかったくらいには語彙力が無かった。楽しかったですありがとう。そんな感じで今回もお題をいただきました、ありがとうございます!

私はド!の入りこそ2次元でしたが、今ではどっぷり3次元推しです。元来3次元アイドル好きで、様々なグループにハマってきました。
アニメもゲームも楽しんではいるのですが、やっぱり歌って踊る7人が大好きです。
特に2次元のキャラクターの推しと、3次元の推しが同一ではなく、非常に困っています。
このPRJ内での活動である以上、キャラクターと演者とは切っても切り離せませんよね。
そのことによって、演者のパフォーマンスの振れ幅がキャラクターの枠を基準にいくらか制限されてしまうと思います。
3次元寄りなため、キャラクターの枠を超えた、演者そのままに近い、3次元アイドルとしてのパフォーマンスが見たい!と思ってしまうのです。
トークやラジオは3次元感満載で割と気にせず楽しめています(大方キャラクターボイスで話しているわけではないので)。お芝居も、メンバー個人で舞台に出ていたりするのでそちらで楽しめると思います。ただ、私が見たいのはアイドルとしての彼らです。
キャラ意識を指定された曲と、そうでない曲があるのか?だとしたらその差は何だろうか?
勿論PRJとして意図されたレールの上を真っ直ぐ歩くことがファンとしての正しい応援方法だということは頭ではわかっているのですが、ただただ、本能のままの、キャラクターにとらわれないパフォーマンスが見たいのです!叶わない望み、どうしたらいいでしょうか。
(キャラクターの推しと演者の推しが同一な方であれば、まだ納得もいくのではと推察しますが、私のように違う場合、キャラクターを演じている推しも好きではありますが、私の見たいのはコレジャナイ、と心境複雑になり、この考えに至りました)
長乱文失礼しました、お題というより悩み相談で申し訳ないです。(※個人が特定される部分は削除させていただきました!)

なるほどなーー!!とこのお題を読んで思いました。分かる。めっちゃ分かる。と納得するともに、これこそまさに『2.5次元ならでは』っぽい悩みでもあるなあと思いました。ディアドリにももちろん言えることだけど、ある程度他の2.5次元モノにも言えることなんだろうなあ、と。(他の2.5次元作品をほとんど見てないので比較はできませんが)

戴いた質問を紐解いていくと、質問としてはざっくり2つに分けられるのかな?と感じました。1つは『中の人の推しとキャラの推しが違う時はどうすればいいのか』、もう1つは『二次元を超えて、アイドルとしての三次元の彼らを見たい』というところかな、と。繋がっているようで実際は切り離しても考えられる、けれど多分一直線上にある問題なのだと思います。なので、1つずつ考えていきますね。

まずは『中の人の推しとキャラの推しが違う問題』これなーーーめっちゃ分かります……今でこそ私は中の人もキャラも同じに落ち着いていますが、ド初期は全く違ったんですよね、トミー推しでキャラは決めかねていました。チヅかな…とか迷っていた(いまから考えるとすごい飛躍である)そこから純哉くんいいじゃん?となり、気が付いたらまさきくん推しでいつき推しになっていました。その過程はちょっと自分でもよく分かってません。笑 なのでうまいこと言える自信はあんまり無いのですが、本当に身もフタもない言い方をしてしまうと『気にしない』のが大前提として一番なのではないかと思います。我ながら本当に身もフタもない解答になって笑ってるんですが、いやでも本当に、あくまでも私の視点から見ると、『二次元のキャラによって三次元のキャラが制限されている』ように見えたことがなくて(お題をくださった方を否定するつもりは全く無いんですすみません!)

たとえばかおるくんを見るとすごく分かりやすいなと思うのですが、チヅってあの5人の中では一番クセがあるキャラじゃないですか。よくも悪くも、『人を選ぶ』キャラ。でも、じゃあかおるくん自身があんな風にキャピキャピほわハピしてるかというと、…してるな…?とは思うけど笑、ダンスや歌を見ると決してそうではないな、と思うんです。特に本人のモーションキャプチャになるとすぐに分かるんですけど、彼のダンスを見ていると『チヅであること』を意識して踊っているかというと決してそうとは限らないなと思っていて。それはいいことでも悪いことでもあると思うんですが、個人的にはその境目がひどく曖昧なところがこのPRJの面白いところなんだろうな、と思っています。うまく言葉にできないんだけど、『チヅはかおるくんであり、かおるくんはチヅである』けれど『チヅ=かおるくん』ではないと思っていて。なんだろうな~難しいなあ、『チヅ』という人間を、二次元のチヅと三次元のかおるくんで分け合ってるようなイメージというか。同一視しがちだけど必ずしもイコールじゃなくて、そのギャップを楽しむのがこのPRJならではの面白いところだったりするのかな、と思っています。

もう一つこのPRJならではだと思っているのは『ディアドリが欠けるとリアドリは成立しない、リアドリが欠けるとディアドリも成立しない』というところです。誰か1人が欠けるという問題ではなく、どちらかのグループが無かったら、もう片方のグループも無い、というところです。それでいて、とても密接的な関係がある。この記事を書いていてすごいな、と改めて実感したことがあるんですが、ミニアルバムに入っている曲、例えばグロストとか2032とかは、全部クレジットが『キャラクター名義』なんですよね。天宮奏(as~)という感じ。反してフルアルバムに入っている曲は全部『キャスト名義』。キャストの名前が先に来て、(as天宮奏)という風に表記されている。ものすごく極端な解釈だとは思うんですが、『リアドリのためだけの曲』も『ディアドリのためだけの曲』も無いんだなあ、と思って。常に、あの10人は『表裏一体』なんだなと思うし、見方によってはそれが足枷のようにも見えてしまうのかもしれないな、とも思う。けれど、そこが無くなってしまうと『ドリフェスとしての強み』みたいなものがぐっと薄まってしまうんですよね。

そこへ来ると今度は2つ目の『二次元を超えて、アイドルとしての三次元の彼らを見たい』というところにつながってきます。私の考えから先に言ってしまうと、このPRJがある限り『リアドリ』と『ディアドリ』を切り離して考えることはできないのではないか、と思っています。厳密に言うと違うのかもしれないけれど、例えばハンサムの時のリアドリ5人は、特にハンサム曲を歌っている時なんかはディアドリのキャラから切り離された、『アミューズ所属の俳優さん』の顔をしてましたよね。ご質問をくださった方はきっと、そういう面をもっと見たいのかな、と思います。分かります、めっちゃカッコよかったですもんね……ダンス曲のあんな『男性っぽい』顔、普段はそんなに見られないもんね……。

でも、じゃあ『リアドリ』から離れると彼らは『何になる』のか?私の答えとしては『アミューズ所属の俳優さんの一人になる』です。今ももちろんそうではあるんだけど、どうしても私の中では『リアドリ』という意識の方が強いんですよね。上述のように私はリアドリとディアドリは表裏一体だと感じていて、なかなか切り離して考えることは難しいのではないかとも思っています。だから、『ディアドリ』というキャラから切り離して『リアドリ』単体でアイドルとして活動してほしいとなると、リアドリ単体での新しい『武器』が必要になってくるし、その瞬間に『2.5次元』という武器が失われてしまうのではないかとも思うのです。そうなった時に、彼らはどこまでこのレッドオーシャンで道を切り開いて行けるんだろうか、とも。

これは完全にわたしの予想なんですけど、ドリフェスというPRJが存在していなかったら彼ら(リアドリ)5人は『アイドル』になるという選択をしなかったのではないでしょうか。かおるくん以外の4人は元々役者さんをやっていて、かおるくんも色々なインタビューを読んでいると『アニメの仕事に興味があった』ということをよく言っているので「アイドルありき」ではなかったのかなと思うから、『アイドルスタート』な人は彼らの中にいなくて。それが、こういうPRJが始まるよ、こういうユニットを組むよ、というオーディションを経て5人集まって、今こうやって活動している。それはもしかしたら彼らのキャリアの中には予定されていなかったことなのかもしれないけれど、でも今すごく楽しそうに『アイドル』としてのキャリアを着実に重ねて、楽しんでくれている。それって、どうしても『ディアドリ』が存在しているからこそなのではないだろうか、と思ってしまうのです。

ずっとドリフェスを一緒に応援してる友人とよく話すのですが、ドリフェスは入り口が二つあるんですよね。中の人(=三次元)から入るか、アニメやアプリなどの二次元から入るか。外から見てると一括りなんでしょうけれど、実際はその入り口によって『捉え方』が違うという面もあるんだろうね、と。でも、『2.5次元』と謳っているからこそどちらかを蔑ろにすることはできないし、どちらかが欠ければ絶対的に成立しない。だからこそ、キャラと中の人が同一化してても、乖離していても、そのそれぞれにある『面白さ』こそがドリフェスの魅力なんじゃないかなあ、と思うんです。もちろん、この方がおっしゃるような『PRJとして意図されたレールの上を真っ直ぐ歩く』こともそれはそれで面白い。けれど、『意図されていない歩き方をしたって面白いって思わせてくれる』のが彼らでもあると思っているのです。

あーーー多分この記事、質問してくださった方からしたら相談したことが何一つとして解決されていないすごいモヤッとする記事になってますよね…本当に申し訳ないです……。個人的には『二次元も三次元も楽しめるお得なコンテンツ!』くらいにしか思ってなくて、本当にいろんな楽しみ方をできるのがドリフェスだと思うので、あまり考え過ぎずに『わーい!たのしー!』と某フレンズのように楽しめばいいのではないかな~と思います!お題ありがとうございました!