Thirsty Thirty

生活、ときどきオタク

『センター』と『エース』の話

さてこんばんは、久しぶりにちょっと早く帰ってこられたぜイェーイ!と思ったんですが案の定ハンサムを受け取れなんかやしねえ、そんな時間軸で生きている私です。早く見たい!!BANGを見せてくれ!!! さて本日もお題を戴きました、ありがとうございます。頂戴してからかなり間が空いてしまって申し訳ありません…!!

リアドリのセンターは壮馬くんですが、エースは誰だと思いますか?

これ、めちゃめちゃ難しいですよね。難しいと同時に、とても考え甲斐のあるお題。というわけで『センター』と『エース』ってそもそもどういう違いがあるのか、役割はどう違うのかと考えるところから、そして細かく分解するところから始めてみました。みんな大好きウィキペディア先生によると、エースとは『英語で「第一人者」の意味。』と書いてあるともに『チームの主力メンバー。(中略)芸能では劇団や歌手グループなどにおいて、ほかのメンバーよりも高い才能または高い人気を持つ者。』とあります。ふむふむなるほどですね。

ちょっと話はそれるのですが、かつてのAKBにおいて『センター』はあっちゃんでした。彼女自身はセンターであることを望んではなかったようだけど、特にシングル曲における絶対的センターはあっちゃんで、彼女を中心として他のメンバーを配置していた節さえある。じゃああっちゃんは当時『エース』だったかと言われると、私は今も昔もそうではないな、と思います。もちろん高い才能や高い人気もあったけれど、他の点、たとえばダンスやトークにおいては彼女よりもっと力を持っているメンバーもたくさんいて、私の中では彼女は決してエースではなかった。じゃあ誰があの時エースだったのか?と聞かれると、私は珠理奈だと思います。あっちゃんよりも年若くて、AKBではなく姉妹グループであるSKEからぽんと飛び出してきた、勢いとフレッシュさの塊のような彼女は、あの頃確かに私の中では『エース』でした。そういう視点で見れば、あの頃から必ずしも私の中で『センター』と『エース』はイコールではなかったのだということが今になって分かる気がします。あとこじまはるなもある意味エースだった……あの子に話を振れば百発百中で場がドッカンドッカン湧いた……おれらのこじまはるな…。

さて話は戻ってディアドリにその構図を当てはめると、センターはそーまくん、これは事実として確かにそうだな、と思います。絶対的センターかと聞かれると必ずしもそうではないけれど、それでも彼はセンターにいてほしいと思ってしまうし、センターにいてこそその『良さ』がとてもよく伝わる人だなあ、と最近とみに思うようになりました。特に今年に入ってから、ファンミ02の辺りから。何度も何度もここでも言っている気がするのですが、彼の朴訥とした、決して上手ではない言葉の紡ぎ方が私は本当にとても大好きで。これはただの自分の好みなのですが、センターにいる人や中心となる人が口下手なのってとても好感が持てます。もちろん話し上手な人や頭の回転が速い人のMCは聞いてて気持ちいいし、何より安心して見ていられる。けれど口下手な人は、自分の気持ちを伝えようと一つ一つ言葉を拾い上げながら話しているように見えて、私はそれをとても愛おしいと思います。そーまくんも初期の頃からするとかなりトーク力が上がって、大きな舞台でも安心して見てられるなあと思うことが増えたんですが、それでもやっぱりあの訥々とした口調で、時に言葉を探しながら語ってくれているのを見るとなんとなくホッとするし、頑張れ…!と自然と応援したくなるんですよね。そういうのも含めて、確かに彼は『センター』だなあ、とやっぱり思います。

じゃあ、ディアドリにおける『エース』は誰か。私は、かおるくんだと思います。理由はとてもシンプルで、かおるくんはそーまくんにとっての『脅威』となり得るから。誤解のないように前置きをしたいのですが、じゃあ他の3人はそうではないのかと言うと決してそうではありません。ミゾタクの表現力も、トミーのムードメーカーなところも、まさきくんのダンススキルも、すべて『脅威』です。それじゃあ、なぜかおるくんだけを『脅威になり得る』と言ったのか。それは、やっぱりあの2人のバックグラウンドがどこか近しいからだと思うのです。ドリフェスが始まったタイミングでの2人と3人とでは、まずはその時点で持っていた経験値が違った。声優としてのスキルは5人とも同程度だったかもしれないけれど、『演技』というスキルはきっと3人の方が持っていた。もちろんかおるくんにとってそーまくんは『先輩』だけど、そういう点で言えば彼ら2人はスタート地点がほぼ同じところだったのではないかなと思います。ほぼ同じところから始めて、切磋琢磨しながら色々な『彼らにとっての初めて』に挑戦し続けてきたんだろうなあ、と。そーまくんにとってかおるくんはそういう、ある種『ライバル』のような存在であったんじゃないかな、とぼんやり思います。

そしてもう一つ、かおるくんは『アイドル』としては彼ら5人の中で圧倒的に力を持っている人だと私は常々感じています。歌もダンスもうまいし、SNSをとてもうまく使っていると思うし、握手会やハイタッチなどのイベントでの対応も素晴らしい。そして何より彼の紡ぎ出す言葉はいつもとても慈愛に満ちているし、時にはかわいいなあと思わせることもあって、このPRJが掲げている『応援』というテーマにぴったり合っている。ヘタすりゃ他のファンの人の心までがさっと持って行ってしまいそうなくらい、対応が完璧に近いんですよね。そういう意味でいうと、そーまくんにとってだけの脅威ではないかもしれないけれど。

『センター』と『エース』は、実際に対立はしていずともある種対立構図のようなものを持っていると私はいつも思っています。そーまくんとかおるくん然りあっちゃんとじゅりな然り、本人たちはきっと仲もいいだろうしその辺りを疑う余地は全く無いなと思っているけれど、個人的には『エース』は『センター』を追い越そうとしている人、という位置づけにあります。そういう野心を持った人に追いかけられる、それくらいセンターは大きい、重いものだと思っているし、簡単に明け渡せない、渡してはいけない場所だとも思っている。それがセンターの重圧に繋がっているということは火を見るより明らかだし、だからこそセンターを嫌がる人も狙う人もいるんだと思います。

じゃあ、『かおるくんはセンターを狙っているのか?』となると、私はNOだと思います。矛盾してるじゃん!と言われれるかもしれないけれど、でも実際のところはそんなこと考えてないんだろうなあと思う。それは、『そーまくんがセンターにいるから(だから狙わない、センターになりたいわけじゃない)』というようなことではなくて、彼が『自分の場所で、自分の持つ力を最大限に使う人』だと私の目に映るからです。彼の立ち位置は、いつも左端です。客席から見ていると、席によっては見切れてしまうこともあるだろう位置です。5人で肩を組むと、必ず右手は余ってしまいます。けれど彼は、その右手をいつも大きく振ります。客席に向けて、一番後ろの人にも見えるように、時には飛び跳ねたりしながら。

ウィキペディア先生は、エースのことを『芸能では劇団や歌手グループなどにおいて、ほかのメンバーよりも高い才能または高い人気を持つ者。』と定義していました。かおるくんがこの言葉にそのまままるっと当てはまるかと言うと、私は必ずしもそうではないと思います。とびきり高い才能もとびきり高い人気も、多分今の彼はまだ持っていません。これは私が箱推しだから思うことかもしれないというのもあるかもしれないけれど、あの5人を並べた時に誰かが頭一つ抜けて人気があるか?と聞かれると良くも悪くもそんなことはないよなあ、と思うのです。よく言えばみんな同じくらい、ほぼ平等で、悪い言い方をすればどんぐりの背比べ。でも、その定義に当てはまらなくても、私はやっぱりかおるくんはディアドリにとっての『エース』だと思うのです。それはきっと、普段の彼の言葉や振る舞いがそう思わせるのだろうな、とも。本当は、エースじゃないかもしれない。本当は、もっとエースと定義されるにふさわしい人がいるのかもしれない。それでも、とある1人のファンに『彼がエースだと思う』と言わせるような行動をしてきたのが、きっと彼なんですよね。

正味なところを言ってしまえば、誰がセンターでもエースでも、ディアドリはきっとそんなに変わらないと思います。今の構図、そーまくんがセンターにいて、そのセンターを他の4人がそっと支えるような、そんな構図があまりにもしっくり来ていて、これ以外が考えられないだけなのかもしれません。でも『ああこの人たちを、ディアドリというグループを、ドリフェスというPRJを好きでよかったなあ』と思う瞬間は都度確かにあって、やっぱりそう思う瞬間には必ずそーまくんが真ん中にいて、5人がそれぞれの自分の場所で笑っている。だからこれがきっと、『今の最高』なんだと思います。ここから変えようのない、もしかすると変えてはいけない『最高』なのだ、と。

とてもまとまりのない文章になってしまって自分でも苦笑いするばかりなのですが、しかしセンターとエースって、考えれば考えるほどとても胸が熱くなりますね…。個人的には野心メラメラのエースも自分の場所は絶対に譲らない!と凛としているセンターも大好きなのですが、如何せんディアドリはどちらでもなくて。笑 けれど、グループごとに色があるように、ディアドリはあの5人があの形でいるからこそ私は好きになったんだろうなあとやっぱり思うのです、というところでこの話を終わりたいと思います。とても考え甲斐のあるお題をどうもありがとうございました!