Thirsty Thirty

生活、ときどきオタク

歩んできた、道の話

ドリフェス!を好きになって、2年と3ヶ月経った。『知って』と『好きになって』がイコールになるかは自分でも分からないけれど、きっと知ったその日から飽きずに追いかけられ続けていられるということは、最初から好きだったのだと思う。

Twitterでもこのブログでも書いたことがあるけれど、わたしがドリフェスを知ったきっかけはキャストからだった。2014年初夏に見た『BROTHERS CONFLICT ON STAGE!(ブラステ)』でトミーを知り、『うわ1人だけものすごいクオリティの子がいる』と愕然としたところから何もかもが始まった。その後語ったところによれば彼にとってこの舞台は「初めて役作りをした」作品であったらしく、それでいて例えば仕草とか、他の兄弟への視線の投げ方とか、そういう『作品の主題から外れた部分』での動きが恐ろしいまでに役に同化していたことはものすごく鮮明に覚えていて、だからそれを知った時に彼の役者としてのセンスに脱帽したことを覚えている。

だが、初演を見たその年はトミー自身にそこまでハマるということもなく、ちまちまと自分の元いたジャンルを追いかけ続けていた。ちなみに2.5次元でもなければ他のアイドルでもありません。

転機が訪れたのは、2015年秋のことだった。その年の春先に行われたブラステですっかりトミーのファンになり、立て続けに出演した舞台を見に行っている最中に『ドリフェス!というPRJに関わることになりました!』という告知が本人からなされた。これも何度もあちこちで言ってきたのだけれど、わたしは当初、本当にそれが嫌だった。トミーが『役者』として舞台の上でお芝居している姿がものすごく好きで、立て続けに出演した4作品は場数を踏むたびにうまくなって行っていて、もっと彼の演技を見たいと思っていたから。そして彼が『アイドル』という道を選ぶことでそのキャリアが途切れるのではないかと思うと同時に、彼自身が『アイドルをやること』に対してどう思っているか、ひょっとしたら嫌だと思っているのではないか、と思ってしまっていたから。正直、抜群に歌やダンスがうまいと舞台を見ていて思ったことはなかったし、滑舌もいい!とは言い切れない部分があったから、『歌って踊ります、アプリの声優もやります』と言われたところで「なぜ??」という気持ちを拭えなかったのも事実だった。

2015年11月、AGF。わたしはそこで、初めて『DearDream』に出会った。初めてファンの前に出てきた彼らは、そこに人が並んでいる姿に驚いているような顔をしていた。「こんなに集まってくれるとは思わなかった」とトークショーで語っていた。そして、初めてトミー以外のメンバーを知った。正直、その時の記憶はもうあんまり残っていなくて、かおるくんが今から考えれば恐ろしいほどに喋れていなかったことや、ハイタッチしたそーまくんの手がとても冷たかったことくらいしか覚えていない。あとはまさきまるが喋るたび謎ポーズを決めていたことと、トミーからお渡しされようと並んでいたのだけれどなぜか怖気づいてミゾタク列に直前で変更したにも関わらず笑顔でわたしてくれたことを覚えている。謎ポーズとは一体何だったのか(本当に何だったのか)

兎にも角にも、そこでわたしはドリフェスに出会ってしまった。終わった後に『ずっとYoutubeでグローリーストーリー聞いてる』とダイイングメッセージのように書いてあってさすがに笑った。一緒に行った友人と『これはわたしたちが応援しないといけないものなのでは?』『せやな』という頭の悪い会話をしたこともとても良く覚えている。とは言え、そんな義務感のような思いはすぐに無くしてしまったのだけれど。

そこからは、アクセルをグッと踏むように、とにかく置いていかれないように必死だった。2~3週間に更新されるという謎の不定期更新だったラジオ、アニメ化が発表になったAnimeJapan、初めてCDを複数買いしたNEW STAR EVOLUTION、『竜馬がゆく!』のオマージュだと誰か気づいたのだろうか『壮馬がゆく ドリフェス!全国行脚の旅』、アプリリリース(そしてすぐに発売中止になるリアルドリカ)、そしてファンミ01。その時時に挟まれるツイートやネットでの記事で、少しずつこのドリフェスというPRJが大きくなっていっていることを知って、すごくワクワクしていた。いつだってやることなすことナナメ上に期待を裏切って、失礼を承知で言えば『素人感』あふれる企画だってたくさんあって、でもそれが良くも悪くもこのPRJの色となんだか合っていた。彼らが大きくなると同時に、このPRJも成長していっていた。本当にこの頃まではグッズの数も全然(今よりも恐ろしいほどに『全然』)足りなくて、人の捌き方もうまくなかったから大波のようにファンがガッと動くこともあったし、今考えたら恐ろしいような動線の引き方もしていた。今は完璧かと聞かれれば決してそんなことはないと思うけれど、それでも、DDにもDDerにもケガなくここまで来ているのはある種の奇跡なんじゃないかと思う。

2016年の夏にアニメが始まって、それをきっかけとしてわたしも色んな人にこのPRJを勧めた。その結果見てくれる人もたくさんいて、アニメって、やっぱりすごく『大きい』んだなと痛感した。自分がTVを全く見ないから疎かっただけで、実際にはアニメきっかけでDDを好きになったという人がたくさんいて、噴水広場での初めてのライブのときには、驚くほどたくさんの人が集まっていた。びっくりした。ファンミではそこまで強く思わなかったけれど、ペンライトの波を見て、美しいと思った。いつか、アニメに出てきたあのドリカ型のライトを作って欲しいと思った。それが、翌年には叶うと知らずに。

そして、彼らを応援していく中で『推し』ができた。今も応援し続けている推しだ。明確なきっかけは覚えていないけれど、とある握手のタイミングで『いつき推しですか?』と聞かれてとっさにはい、と答えてしまい、それにたいそう喜ばれたことがきっかけだったような気がしている。ただ応援しているだけなのにこんなに喜んでくれるんだ、と驚いたけれど、それを喜んでくれたことが嬉しかったのかもしれない。いつから推し始めたか、いつから好きだなあと思ったのか、明確なことは覚えていない。ただ、2度めのAGFのときには彼の列に並んでいたから、きっとそう問われてからそんなに時間は経っていないのだろう。いつから好きだったか覚えてないけど、と言うのは恥ずかしいけれど、気がついたらああ好きだなと思っていた。

彼らのライブにも、たくさん行った。外現場にも、可能な限り行った。ほろ苦い思い出のANIMAX MUSIXも見た。初めて、存在だけは知っていたハンサムを見に行った。ファンミも、噴水も、1stLIVEも、そして今回のツアーも見て、恐ろしいほどの進化を感じた、今でも感じている。最初はバラバラだったダンス、今もバラつきはあるけれど見違えるほどに上達している。最初は歌うと踊れない、踊ると歌えない、という状態だったのが、今はすっかり『歌って踊っている』。たまにアクロバティックなことまで織り交ぜながら。ファンが喜ぶことを、見たいものや聞きたい曲を研究して、いつだってフィードバックしてくれている。本当に、それはすごいことだと思うのだ。

ファンミ01でそーまくんが語った、『いつか武道館で』。そして1stLIVEでまさきくんが語った『いつかドームで』。その夢は、まだどちらも叶っていない。どちらの夢も、まだまだ遠い。けれど明日、彼らはその夢に向けた踏み出した一歩を、踏みしめ終わる。二歩目を踏み出す準備を始める。明日、あの会場には光の波が生まれるのだろう。七色の、虹のような様々な色が宝石のように散りばめられるのだろう。彼らは、それを見て何を思うのか。どんな風に感じて、それをどんな言葉で返してくれるのか。今から楽しみでならないし、その会場を、光景を見た時に自分自身がどんな感情を持つのかがすごく楽しみだ。彼らは、明日、夢の入り口に立つ。そしてきっとそれは、『わたしたち』も同じだ。