Thirsty Thirty

生活、ときどきオタク

「世界」の話

※『宝塚BOYS』『朗読劇 青空』のネタバレを含みます

7月末から8月中旬、つまり今日まで、立て続けに4本の舞台を見に行った。『男子はつらくないよ?』『ディペンデント・デイ~7人の依存症~』『宝塚BOYS teamSKY』『朗読劇 青空』。うち2本、今週見た「宝塚BOYS」と「青空」は、太平洋戦争前後の物語だった。この時期らしい、この時期ならではだな、と見終わった今思う。出身が出身だからか、夏はいつも何らかしら戦争の話が近くにあったから日本全国そうだと思っていたけれど、意識しないとそうではないのだと気付いたのは最近のことだ。

『宝塚BOYS』は、話そのものというかこういう舞台があるということを数年前に知った。その時点でもう何年も再演していなかったのでこれからも見れる確率は少ないんだろうなと思っていたら今年再演、しかも自分の応援しているグループから2人も出演すると知り、すぐにチケットを手配した。
結論から言えば、ここ最近見た舞台の中で唯一『敗北』の話だった。いまの宝塚を知っていれば彼らの結末は分かるのである意味大河ドラマのようなものだなと思っていたけれど、そこに至るまでの描き方がとても重厚で、見終わった後に腹にズシンと来た。作中でも描かれていたけど、あの世界の中では誰も悪くない。男子部を志願したことも、男子部を作りたいと願ったことも、それを支えようとしたことも、そしてそれを受け入れられなかったことも、全部『正解』だったのだ。ただ、彼らのいた『世界』がそれを許さなかっただけのことだった。歌いたい、芝居をしたい、踊りたい、女子と話したい、そして、生きたい。彼らの願ったことはあの世界でこそ叶わなかったけれど、だからといってその世界を責めるのもまたお門違いだ、だってそこは『女の園、宝塚』だから。
最後のレビューのシーン、初見のときに頭に『心象風景』という言葉がよぎった。あの時間だけが、話全体の中で『夢』であり『フィクション』なのだ。池田さんが大階段や照明を見て、驚いた後に満足したように頷いて、そして袖にはける。君塚さんが、美しいドレスを身にまとって高らかに歌う。そして男子部が歌って、踊って、最後の1曲が終わった後に泣き崩れる。魔法が解けたように。そして、夢破れた者たちが肩を落として袖にはけていく。

わたしの愛してやまない、たかみなというアイドルがいる。『努力は必ず報われる』と言い続けて、48Gを卒業していったAKBの1期生だ。作中で池田さんも同じようなニュアンスの言葉を何度も何度も彼らに投げかけた。けれど、この作品でも描かれるように、努力は必ず報われるとは限らない。報われないことの方が、きっと圧倒的に多い。そして努力したあの日々が美しかったと、良い思い出だと言えるかは、約束されてなんていない。それは板の上にいる人達だけじゃなくて、『普通』に生きてる自分たちだってきっとそうだ。
救いだなあと思ったのは、この話の描かれ方が『宝塚を去る』ところで終わったこと。宝塚での夢は叶わなかったかもしれないけれど、『宝塚じゃなければいけなかった』かもしれないけれど、けれどそれ以外の世界で叶った夢があったかもしれないと思わせた最後だったこと。去った後、もしかしたら生徒さんと話せた人もいるかもしれない、違う舞台でお芝居をしたかもしれない、著名なダンサーになったかもしれない。どうしようもなく救いのない話だけど、『その先にある希望』で終わったから観劇後はどことなく晴れやかな気分だった。3時間の長編なことも、稽古に約2ヶ月費やしたことも、すべて納得がいく舞台だと思う。

『青空』は、4人1組日替わりキャストの朗読劇。朗読劇とは言うものの、立ち上がったり動いたりする場面もあって驚いた、朗読劇ってそういうものなのだろうか…(※他のを見たことがない)
『生まれたときから、物心ついたときから戦争状態の中で育った大和少年』は、兵隊になることを夢に見る。自分が小さい頃に拾った柴犬の麦を軍用犬にして、一緒にお国のために役立ちたいと願う。この辺りは本当に、いまでも起こり得ることなんだろうなと思う。生まれたときの環境は自分では選べないからこそそこに染まるしかなくて、だから今の時代から見たら圧倒的におかしい、どう見たっておかしいと思っても、『そこ』にいる人には伝わらない。
大和は、麦(犬)と小太郎(いつの間にか住み着いた野良猫)を供出しろと言われたのと同時に予科練生(=特攻隊員)になれと言われて、迷った挙げ句そのどちらにも背いて山へと逃げる。支那事変で足を負傷した父親とも離れ離れになってしまい、『非国民である自分』を責める。この辺り、どこか宝塚BOYSとリンクするところがあってすごく不思議な気持ちだったけれど、きっとそういう人は大勢いたんだろう。何もかも世界の、世間のせいにするのは間違ってるかもしれないけれど、でもその『世界』に壊された人だっていっぱいいる。その世界にいる人を、そしてその世界に壊された人を滑稽だと嘲笑うことは、誰にもできない。余談だけどこの予科練のくだり、『内田』という軍人だったか教官だったかが去り際に『やらなきゃ意味ないよ』と言って消えるってネタは大丈夫だったんだろうか……!!!!!気付いた瞬間ヒエーーーー!!ってなったけどすごく皮肉が効いてて笑ってしまった。笑

話をすっ飛ばすと、火事場泥棒をしようとした大和は大人にそれを見つかって命を落とすか落とさないかという瀬戸際のところで住処に帰ってくる。家にいるのは、麦と小太郎だけ。病院にも連れて行けず、言葉も通じず、まともな看病もできない彼らは、それでも彼らのできることすべてで大和を救おうとする。最終的には誰も死なず、離れ離れになった父親とも再会できて、そして戦争が終わる、という話。正直、お父さんも医学生(名前忘れた)も大和も麦も小太郎も誰が死んでもおかしくないような流れだったし、大和が死んだと思った麦や小太郎の取った行動には泣いた。フィクションだなあと思ったけれど、そこに『救い』があったことに安堵した。
そして、この話に出てくる動物が『猫と犬』というのがすごく絶妙だったなあと思う。犬は従順、猫は奔放なんていうけどまさにそういう描かれ方をしていて、ムギちゃんは『大和くんと頭を並べて寝たら、人間より偉いってことになっちゃうでしょ』と言って大和の足元で寝る。『大和くんが望むなら、麦、軍用犬になる』と涙ながらに言う。小太郎も悪態をつきながら大和が、そしてお父さんが生きることを願う。どっちも、言葉は通じないけれど一生懸命に語りかける。そして最後に、『言葉は通じないけれど、わたしたちは人間が大好きなんです』とこちら側(=観客側)に語りかける。反戦作品でも、動物愛護作品でもある話だった。これ子どもに見せたい。

反戦を訴えたくてこんなブログを書いてるわけじゃない。たまたま直近で見た2作品が戦争ものだったからというリンクがあるだけのことだ。けれどやっぱり、『だからこそ』なのかもしれないけれど『戦争って愚かだな』と改めて思ってしまった。太平洋戦争のような戦争は起きずとも違う形の戦争はいつか起きるかもしれなくて、だからこそそれを『起こさないための努力』を、今のわたし達は求められてるのだなあ、と。ただ、それだけの話だ。

あと話は変わるけど朗読劇に出てた推しが最高だった話なんだけどまじで最高だったのでどうにか映像とかになってほしかった……。ムギちゃんの従順さを表すように背筋がピンと伸びて、足がきちんと揃っていて、声だけじゃなくて表情や体を使ってお芝居をしていて、これまでになく『素晴らしい』と思った。推しの演技が大好きだと何度も言ってきたけど、『声の演技』を彼がここまで武器にしているとは予想してなかったので改めて最高に好きだと思った。
デデデイの笘篠くんがこれまでの中で一番好きだな~と思っていたけどムギちゃんがあっさり1位を更新していった。セリフの一言目で泣いた(実話)し、そこから成長をしていく中で少しずつアプローチが変わっていったところが本当に好きだった…泣きながらセリフを言うシーンが最高だったし一人称が『ムギ』なの最高だったし女の子役あまりにも最高すぎる……めちゃくちゃ良かった……。