Thirsty Thirty

生活、ときどきオタク

"1週間前"の話

月曜、祝日。手紙を書き始める。今回は7人全員に書こうと思っているので早め早めに書き始めないといけないな…と思いながらも気がつけばこんな時期になってしまっていた。いざペンを取ると書けないものだなあといつも思うし、伝えたいことや感謝したい言葉はたくさんあるはずなのにうまくまとめられない。わたしは基本的に下書きなしの一発書きなのでCtrl+Zを使わない文章を作るためにはそれなりの文章力が必要なんだよなあといつも思ってしまう。その『それなりの文章力』を持っていないのに一発書きを続けるわたし、自分で言うのも何だがリスキーすぎる。

火曜から金曜にかけて、『一区切り』の先のことが色々と見えてくる。かおるくんの新しい舞台、はたおにイベントの当落、そーまくんやミゾタクの舞台の当落、劇プレの本公演や上映会の当落。どれだけ悲しんでも、辛いと思っても、21日には『一区切り』付いてしまうんだなあということを突きつけられているような気分だ。その先で7人には会えるけれど、DDKFにはしばらく会えないんだあ、ということがじわじわと時間をかけて分かってくるような気分になる。
そして、そーまくん始めキャストのTwitterがよく動くようになったなあと思う。伝えたい何かがあるのかもしれないし、『区切り前の最後』を楽しんでいるようにも見えるし、どうかこの区切りを終えてからも同じような距離感でいてほしいと思うしか、祈るしかできない。

金曜、帰り道カラ鉄に寄る。コラボドリンク持ち帰りOKって本当にありがたい…。悩んだけれど寒かったのでいっちゃんのオレンジジュースにしたら思いの外しっかりした持ち帰りスタイルにしてくれたので家まで取り出すことができず、飲む頃にはミントがしなっしなになっていた。悲しい。あとオレンジジュースとストロベリーシロップが合わさっているはずなのになぜか後味がピーチで『…??』という顔になってしまった。ごめんないっちゃん…。

土曜、髪を染める。元々明るい色だったのを暗くして、緑を入れた。あと色を定着させるために入れておきましょう~と言われて意図せずバイオレットも入れたので一人WMSKだな…とおかしくなってしまった。ファンミか何かの時にも同じように緑入れたいんですけど…と同じ美容室で言ったら明るすぎて難しいと言われたのに今回は普通にすっとOKしてもらったので美容師さんの力量ってあるんだろうなあ。パッと見はあんまり目立たないけど日の下に行くとちゃんと緑が入ってるので嬉しくてテンション上がる。次回もこの色にしよう。
夜、この3年間ずっと一緒に現場に通った友人とチケットの受け渡しついでに食事に行く。『この3年ずっと生活の中心にあったものがすっぽ抜けてしまう』ことの怖さや『なぜ終わるのか』『終わった後どうしたらいいのか』という話に終始しつつも、結論『この3年間ずっと楽しかった』というところに落ち着いた。そう、ずっと楽しかったのだ。運営にチクチク文句を言いたいこともあったし、怒ることもあったし、もっとどうにかできたはずだと思わなかったといえば嘘になる。けれど、トータルで考えると嘘偽りなく『ずっと楽しかった』のだ。いろんな場所に行った、いろんな景色を見た。叶うはずのない夢が叶う瞬間がたくさんあった。驚くことも、喜ぶことも、泣いたり笑ったりすることもたくさんあった。それらすべてを引っくるめて本当にずっと楽しかったし、来週もきっと楽しいだろうね、と言って別れた。
そして、ドリフェスラジオ最終回。考えてみれば、2015年のあのAGFの後すぐに始まったメディアがこれだったわけで、この番組はドリフェスそのものだと思うし本人たちも同じような趣旨のことを言っていたけれどこの番組でトークのいろんなことを叩き込まれた、錬成していったんだろうなあと改めて感じる。7人回はそうだ、確かに初めてだ。いつもステージの上で見たり聞いたりしているあのわちゃわちゃしている感じが音声だけになるとこんな風になるんだなあ、というのを改めて知る、ほんとみんなよく喋るな!!ETERNAL BONDSの間奏で、7人の初出演時の名乗りが流れる。全員、今と全然違っていて正直驚いた。『うまくなったなあ』と思うことはそりゃあこれまでだって何百回もあったけれど、ここまで進化していたとは。声のトーンや高さ、速さ、発声の仕方、どれを取っても今よりずっと稚拙で、幼くて、それでもそこには『意気』しかなかった。緊張している感じも、どうにか自分をアピールしようとしている感じも、あの時の彼らが考えた最大限のできることだったのだろう。それを幼いね、ばかだね、と笑う人は、笑える人は誰もいない。いつだって全力で、ひたむきで、まっすぐに突き進んできた彼らだからこそ、『今』がこんなに美しいのだと改めて思う。

日曜、今日。ちょうどこれを書いている1週間後の同じ時間、一区切りは付いてしまっている。『区切り』の日が知らされてから約半年、一つ一つに片がついていくたびに『ああそうだよな』という思いと『終わってほしくなかったな』という思いの間にずっといた。ちょうど1ヶ月前になって、いろんなことを始めた。うちわを作ったり、手紙を書いたり、自分のメンテナンスに入ったり、グッズ代を計算して白目をむいたり。笑
この1ヶ月ってきっと、そういう『自分の気持ちを整理する』ための1ヶ月でもあった。幸運なことに1ヶ月の週末はほとんど何も予定を入れずに済んだので、今週はあれをしよう、来週はあれに取り掛かろう、と一つ一つを組み立てることができた。今は、不思議なくらいに気持ちが凪いでいる。心が動かないわけではない、作業しながらRの最終回見ようとしたら泣いてしまったのですぐ消したし、1stLIVEも過去の動画も『未来に希望が溢れてると信じて疑わなかったあの頃』のことばかりを思い出してしまうのでまだちゃんとは見られない。見たいとこは見るけど。けれど、何というのだろう、そんな1ヶ月を過ごしてきたからなのか『やりたいことは全部やった、やれた』という達成感があるからなのか、不思議と焦りはないのだ。来週の今頃は目を真っ赤にしてずびずび泣いてるだろうし、翌朝は頭痛い……って言いながら泣きはらした目で友達と笑ってるだろうけれど、絶望のような気持ちにはならないんだろうなあ、と思っている。自分の感情なんか自分が一番コントロールできないものの一つだけど、彼らには確かに『明日』をもらったから、その『明日』に向けて歩き出したい、歩き出さなきゃ、と思っているんじゃないかなあ、と。きっと、21日にわたしたちに贈られるのは希望という名の『明日』なんだろうなあ。

不意にこの曲を思い出して、改めて聞いて泣いてしまった。ずっと勝手にμ'sとドリフェスは共通するところが多いって思っていたけど、この曲をファイナルライブの本編最後に笑顔で歌いきった彼女たちにどこか7人、14人を見たような気がしたのだ。

これからはもっとよろしくね だって離れたりできるはずないんだよ
思い出だけじゃないからね あたらしい夢が生まれてくると
僕たちは知ってるよ 

『思い出だけじゃないからね』と歌ってくれるその力強さよ。ディアドリンセスが『過ごしてきた長さじゃなくて 分かちあった深さなんだね』という言葉に希望をもらったように、μ'sをずっと応援していたラブライバーはこの歌詞に希望をもらったんだろうか、なんて思う秋の夜長。あと7日。