Thirsty Thirty

生活、ときどきオタク

『ピリオド』の話

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4/3、ずっと見たかったあの日の光景が手元に来た。あの日見たものと同じであり、あの日じゃなきゃ見られなかった光景もたくさんあり、そしてあの日とはまた違う気持ちで見れるものもあり、最初から最後まで泣きながら見た。直前までげらげら笑いながら見てるのにいきなり涙腺の蛇口死んだんじゃ?ってなった。まあ涙腺の蛇口はいつだって死んでますよね。

わたしは、10/21からもドリフェスに『続いて』ほしかった。何らかの形で、目には見えなくてもいいから、ドリフェスというこの大きなPRJがその後も続いてほしかった。時々思い出したようにCDを出してほしかったし、時々思い出したように二次元の彼らののTwitterが動いてほしかったし、三次元の彼らにもドリフェスの話をし続けてほしかった。ずっとドリフェスが続くわけないと、それはもしかしたらいつか彼らの『枷』になるかもしれないと思っていたけれど、それでも今終わるべきではないと思っていた。

一方で、このディスクに映っているあの日の彼らは『その先』を見据えているようには見えなかった。補足しておくと、悪い意味でそう言っているわけではまったくない。武道館前のさまざまなインタビューでずっと彼らは『このステージを集大成にしたい』と言っていて、わたしはそれがすごく嫌というか、ただただ寂しかった。集大成ということは、その後の予定はない、何も考えていないと言外に言われているような気がしていたから。集大成にするなら『第一章』のそれにしてほしかったし、そこから後も、これから先もずっとドリフェス!というPRJを続けてほしかった。終わらないよ、いつか帰ってくるよと言って、約束してほしかった。
けれど、ここに映っている彼らの誰からも、『その先がある』という甘えにも似たような感情は、一切感じられなかった。今ここで、全部を出し切って、そして明日からまた歩いていくための一歩を踏み出す、そこにあったのはそれだけだった。あの日感じられなかった彼らのその『覚悟』を半年以上も経ってからやっと知るだなんて、ちょっと恥ずかしい。もし彼らの中の誰か一人でもにそんな甘えのようなものがあったとしたら、あの日見たステージは叶わなかったのだろう。そういう意味では、あの7人が、14人が同じ気持ちで同じ方向を見ていてくれたことは奇跡以外の何者でもないのだと改めて感じる。

一つ、とても印象的なシーンがある。Disc2、Day2のバックステージ、全て終わった彼らが舞台裏でDDerの合唱を聞いているシーン。涙してる人もいれば、聞き入っている人もいれば、笑っている人もいる、とても『彼ららしい』場面。
その中で、どうしても忘れられない顔があった。『余韻に浸りたい』と言いながら、『ここで寝るか』と笑いながら、その空気を感じ入るように最後まで武道館のフロアにいた、DearDreamのセンター、そーまくんのそれ。

わたしは正直、最初から彼のことがずっと分からなかった。子供みたいに笑うけど、絶対に泣かない。いつだってすごく真剣だけど、どこか掴めない。自分が好きなタイプが『喜怒哀楽、感情が分かりやすい人』だということもあって、彼のことは本当につかめなかった。どんな会話をしていいのかも分からなかったし(いまも分からないけれど)熱い人なんだろうなというは分かるけれどその熱がどれほどのものなのかを、いまいち測りかねていた。
武道館の最後の最後のMCですら、彼は泣かなかった。『ああ泣かないんだな』と、現場で見ていたわたしは思った。分かってたけど。本当は、ちょっとだけそれが不満だった。ドリフェスに対する熱量が青天井じゃないってことを、『わたし』が分からなかったことが。

けれど決してそうじゃなかったというのを見せつけたのが、彼のあの顔だった。あのシーンですら彼は泣いていなかったけれど、あの表情にわたしはハッとした。泣いているから悲しいのだ、泣いていないから悲しくないのだと思うこと自体が間違っていて、何も感じなかったなんて、きっとそんなことはなかったんだろうと思わされた。あの表情は、彼の3年間を確かに映し出していた。それだけで十分だったし、あの表情を見た瞬間にほんの少しだけ彼が分かった気がした。
あの瞬間に、彼のあの大きく驚くほど美しい目が見ていた先には何があったんだろうか。過去だったのか、思い出だったのか、それとも『明日』からの『未来』だったのか、それともどちらともだろうか。

少し巻き戻るけれど、ETERNAL BONDSの彼の最後のあの晴れやかな表情はきっと、DearDreamとしての、ドリフェスとしてのすべてをやりきったという満足感と充足感に満ち満ちていたからこそ出てきたものなんだろう。わたしが初めて触れた、彼のきっと一番熱い場所の、ほんの一部。それを、この『集大成』の時に知らしめるなんてまったくずるい男だ。

これは2月の自分のつぶやきだけど、まさにその通りだった。あの日、あの場所だけでは見られなかった彼らの表情がBlu-rayによって『補完』されてそれがあまりにも美しかったから、そしてある種自分の望むようなそれだったから、 わたしは自分のドリフェスという『物語』の一文目にピリオドを打つことができた。いつか望んだ『美しい終わり方』に近づけたんじゃないかなと思うし、それはやっぱりすごく幸せなことだ。どうしたってこのPRJを好きになってよかったと思わされるのだから、まったく、悔しい。