Thirsty Thirty

生活、ときどきオタク

記憶と未来の話

こんにちはそしてこんばんは、わたしです。お久しぶりです。約10ヶ月ぶりの更新ですってよ、怖くない?時が過ぎるのあっという間すぎない??そんなわけで今年も元気に年を取りました元気でよかったね。

何をしていたかといいますとこの1年の間に何度目かの転職活動をして、新しい職場で働き始めて、もちろんその合間に舞台に行ったりライブに行ったりしていました。推しにも会ったし、推し以外にも会ったし、新しく推したい!推せる!と思える人にも出会いました。
とは言え2月から徐々に加速するように始まったこの状況下では『自分の意志』だけで自分の会いたい人に会いに行くことはできず、楽しみにしていた現場もたくさん潰れて、休みの日って1日がこんなに長いんだなと思うようなことばかりが起き続けました。もちろん、今も現在進行形で色んなものがなくなっていくし、チケットはただの紙切れになっていく。あーあA列のチケットが手元にあったのになあ!!!悲しい!!!

そんな中で、昨日ふとこんなことを思ったのです。

『2%』っていうのは別に誇張でもなんでもなくて、ドリフェス!がわたしの生活の一部を占める割合はこの1年間で緩やかに下降しました。もちろん今でも大好きな作品だし、大好きな曲たちだし、大好きな人たちです。
それでも、どうしても根っからの性格があったり環境の変化があったりで、例えば武道館前と同じ熱量で今も大好きかと聞かれると答えはNOになりました。それを是とするか非とするかは人によるので認めてほしいとも開き直るつもりもありません。

けれど、幸運なことなんでしょうね、ドリフェス!は一区切りを迎えた後でも緩やかにしかし長く続いていて、その度にずっとリマインドされているような気になるのです。
わたしは自分がリアル寄りのDDerだということを理解しているのですが、それでも『ドリフェス!』という枠組みはずっと大好きで、ツイートにも書いたのですが『遺伝子に組み込まれてるのでは?』って思うんですよね、ちょっと言葉にするのが難しいというか何言ってんだ感がやばいけど。

懐古厨ごっこをしたいわけでは全くないので変な受け取り方されたらやだなと思いつつも、わたしはとにかくドリフェスというPRJが改めてすごく好きだったんだなと今になって色んなシーンで改めて思い知るんです。その日々を否定したいわけでも嘲笑したいわけでもなく、純粋に懐かしく思うような感情でただ『楽しかったなあ』と思う、それだけの意味で。そういう場面が、武道館の後に何度も何度もありました。
そして何がそう思わせるのかなと紐解いていった時に、『夢に、大きな目標に向けて、彼らがとにかく全力で走っている姿』が好きだったんだなあということに行き当たるのです。NEW STAR EVOLUTIONのイントロを聞いた瞬間に走馬灯のようにいろんな景色や記憶、感情、言葉にできない思いが一気に浮かび上がるのは、やっぱりどうしたって『ドリフェスに対する、ただ楽しかった記憶』が自分の中にあるからだと。

もちろん、実際はただ楽しかっただけではないです。嫌な思いをしたことがないわけではないし、ちょっとしんどいなって思うこともあったし、気分の悪くなるような言葉を目にしたことももちろんあります。それでも、きっとこのブログだって『ポエムブログ』ってどこかで揶揄されるかもしれないけれど、彼らを”応援”し続けていた約4年間は楽しかったよなあと思うから、そしてその後に続く『明日』である毎日も、その一日である『今日』も楽しいと思うから、こうやって言葉にしたいと思うのです。
マイナスな意味ではなくきっとこれからもわたしは『楽しかった記憶』に支えられて、わたしもそれを支えにしながら生きていくんだろうなと思うし、この先何年経ってもニュースターのイントロが流れてきた瞬間泣くと思います。笑

これから先もきっと、以前のようにドリフェスが生活の中心ど真ん中にいることはもう無いだろうし、緩やかに曲線を描きながらまたその割合は減っていくんだろうなと思います。分かります、自分のことだから。
でも一つだけ確実に言えるのは、『彼らを、ドリフェスを好きでいたことや応援していたという事実を後悔することは絶対に無い』ということ。これは、10年経っても20年経っても変わらないと思います。各個人に対して『何やねん!!!!』って思うことはあるかもしれないけれど、ドリフェスの頃を否定することは、きっと無い。それを否定するのは、彼らはもちろん、その頃の自分や周りを否定することとイコールだからです。

彼らのうちの誰かに会える予定は、この後一切決まっていません。下手したら今年1年会えないかもしれないということも、心のどこかでは覚悟しています。ハンサム2DAYS恙なく終われたのは奇跡だったなと思うし、あれがもしかしたら今年最後になるかもとすら思っています。
だから、次に誰かの舞台を見に行けたら、もしかしたら直接話せる機会があったら、改めてありがとうと伝えたいなあと思うのです。武道館の後もずっと奇跡の続きを見せてくれていたことに、決して当たり前ではない『応援するための場所がある』ということに。そして、応援なんてちっぽけなものを、有ってもいいんだと肯定してくれることに。