Thirsty Thirty

生活、ときどきオタク

死んだ4月の話

『1月は行く、2月は逃げる、3月は去る』と日本における3学期になるとよく言われる。それで言うと、2020年の私の4月は『死んだ』。正しく言えば、私だけではなくきっと大勢の人の4月が、厳密に言えば4月以降のある期間が死んだ。そんな4月のことも含めて、今の思いとか考えを残しておこうと思う。

『ああ、意外と他人事ではなかったな』と感じたのは、2月の中旬頃だった。ハンサムライブ直前の配信番組の中で、いくつかのグッズが中国から搬入されないので当日の物販には並びません、後日通販にて販売します、というアナウンスがされた。
当たり前だけどその当時の私は毎日会社に出勤していて、周りにコロナ感染したという人はもちろんおらず、マスクも好きではないからつけていなかった。ダイヤモンド・プリンセス号で感染者が出ているらしい、という記事を会社で昼食を食べながら斜め読みして大変そうだなと思っていて、中国のあるエリアで爆発的に流行っているらしいと聞いて会社の中国人の同僚に実家は大丈夫ですか、と世間話程度に振ったくらいだった。
ハンサムでは『感染症予防のためにマスクとアルコール消毒を心がけてください、それに合わせて客席にキャストが行ってもハイタッチ等は禁止します』という案内がなされて、それはそうだよなインフルエンザだってあるもんなと思っていた。けれど、どれもこれもすべて『対岸の火事』でしかなかった。

3月に入って、会社から時差通勤や交代での在宅勤務の要請があった。時差通勤と言われても元々朝が遅めの会社なのでこれ以上朝を遅くすると帰りが遅くなるという空気がなんとなくあったし、わたし自身は会社で仕事をする方がメリハリがつくと考えていたので在宅は週1~2回程度にとどめて出勤していた。普通に買い物も行ったし、友達と泊まり込みで遊んだりもしていた(なおこの時闇ランチパックをした、死ぬほど楽しかった)
そんな中で、推しが出るはずだった舞台の全公演中止がアナウンスされた。薄々そんな気はしていた。ずっと稽古をしている様子だったしギリギリまで協議しているような感じだったけど、他の大劇場が次々中止になっている中で小劇場ならOKということはありえないだろうとも思っていたから納得はした(正しくはせざるを得なかった)ほとんど同じタイミングで、チケットを持っていた別のアーティストのライブも他の舞台も中止発表になった。この頃から、少しずつ『配信』にシフトしていったように思う。前述の公演中止になった舞台も全公演配信になっていた。ギリギリまで準備したものを形にして見せる環境があったことは幸運だったと、色んなことを振り返った今思う。
3月24日、緊急事態宣言が出るんじゃないかなんて噂され始めたタイミングで会社から可能な限り在宅勤務を増やすように指示があった。とは言え世間は年度末、そんな悠長なことを言ってる暇は正直なかった。入社して一番忙しい時期を過ごしていたし、残業も45h超えてたし、毎日21時退社、みたいな日々を過ごしていた。さらに悪いことに、電子署名も電子押印もその時は導入されていなかったのでまじで文字通りの『書類を印刷して印鑑を押すためと郵便で届く書類を受け取るため』に出社していた。今となってはちょっと信じられない。

4月に入って、緊急事態宣言が発令された。会社はいよいよ『出社禁止』の通達を出した。文字通りオフィスへの出勤が禁止されて、毎日家にいるようになった。時を同じくして、周りのお店が臨時休業になった。本屋、アパレル、雑貨屋、化粧品店みたいな『生きていく最低限に必要ではないもの』のお店は、全部シャッターが閉まった。スーパーとコンビニとドラックストア、わたしの行動範囲はたったその3つだけになった。『不要不急の外出はしてはいけない』という空気が全体に重苦しく立ち込めていて、少しでも外れようものなら眉をひそめられているような気がして、そうなると舞台や映画なんてとても行けなかった。舞台も映画もひと並びになった人たちが同じ方向を向いているのに、『密』になる空間がいけないと言われればもうどうしようもなかった。
この頃は、配信真っ盛りだった。そんな流れになるのは自明で、演者というかいわゆる芸能人、有名人もみんな家にいたからで、結構みんな時間を持て余していたのではないだろうか。色んな人が『こんなに時間があることってない』と口々に言っていて、この災禍は色んな人に、一般市民だけではなく本当に色んな人に降り注いでいると改めて知った。インスタライブ、LINE LIVESHOWROOM、YoutubeLive…ありとあらゆるプラットフォームで、毎日誰かが何かしら配信していた。最初こそ熱心に見ていたけれど、企画がなくてダラダラと話すだけで面白くないことが多いと気づいてからは見るのをやめた。流れてくる誰かのコメントを拾ってなんとなくフワッと1時間過ぎて終わる、それってよっぽどその人が好きであっても頻度が高いといい加減飽きる。
この頃から、私は『好きにも限度がある』と思い始めた。上述の、『よっぽど好きでもいい加減飽きる』ということに初めて思い当たったからかもしれない。元々盲目的に全部何もかも、というタイプではなかったから尚更そう思ったのだろうと思うけれど、何もかもすべてを肯定することはできないしすべきでもないと思うようになった。荒い言葉で言うと、少しずつ興味が薄れていくのを感じていた。

4月も中旬になると、持っていたチケットのほとんどが紙切れになった。払い戻しの案内が次々に来る中で、最初こそ悲しんでいたけれど途中から慣れていった。というよりも、『諦めがついた』という方が正しいかもしれない。有名なテーマパークも、たくさんの人が行くショッピングモールも、映画館もライブハウスも全部閉まっているのに演劇だけが許されるなんてことはなくて、それは『不要不急であって、生活必需品ではない』からだと。
これまで毎月ずっと何かしらの舞台を見てきていて、劇場に行かなかったのなんて本当に数年単位で経験したことのなかったことだった。わたしにとっては異常だったけれど、それをどうやら世間一般的には『普通、正常』というらしい。それらのことに時間を使う代わりに家の手入れをしたり、自分の手入れをしたり、家で楽しめるエンターテインメントを楽しむことが普通であるらしかった。わたしが趣味にしてきたことは、間違いなく不要不急だった。

5月に入っても、状況は殆ど変わらなかった。外には出られなかったし、相変わらず本屋も雑貨屋も開いていなかった。わたしの毎日は少しずつ『普通化』されていった。起きて、家で仕事をして、仕事を終えて、食事を食べて、少し趣味のことをして、眠る。1週間があまりにも長かった。普通化された毎日は、つまらなかった。つまらなかったと同時に、その毎日が当たり前になりすぎて『異常だった日々』が何だったのかを考えることが増えた。劇場に通って、楽しむ一方で色んなものに摩耗していたことに気づいた。精神的、金銭的な余白ができた。特に後者は顕著で、払い戻された金額をまとめて手にして驚いた。もしかすると、『我に返った』と表現してもいいかもしれない。楽しさや劇場でしか経験できないあの感情は、解けてしまう魔法だったのかもしれない。あのチケットは間違いなく、その魔法を見るための入場券だった。間違いなく楽しかった、異常だった日々が、果てしなく遠いもののように思えた。
5月末、非常事態宣言が解除された。その前後で、生活が少しずつ、ほんの少しずつ戻ってきた。行きたくてたまらなかった本屋も、アパレルショップも、雑貨店も、時間を区切ってオープンし始めた。髪がずいぶん伸びていたけれど、まだ怖くて美容院には行けなかった。会社は相変わらず在宅を推奨しているからオフィスには行っていなくて、6ヶ月の定期代を4月に支給されたのに期限切れになってから2ヶ月以上経っていた。

6月1日から少しずつ、かなり緩やかに世界が元通りになってきたように見えた。オフィスに行く人が増えて、朝のラッシュが以前ほどではなくとも戻ってきたとニュースは言っていた。ひところの3桁の感染者はぐんと減ったけれど、増えた減ったは未だに毎日報道されている。
6月にもなると、一時流行った○○バトンとかなんとかつなぎとか、そういうものはすっかり見なくなった。あれは一体何だったのだろう、全員が同じ状況に置かれたことで生まれた奇妙な連帯感の下に流れた見えないロープのようだったあれは。一方で配信はより商業的になっていって、オンラインライブだったり無観客ライブの配信だったりを『お金を取って』見せるシステムが少しずつ確立し始めている。暫定的にではなく、最初から『配信のために』作られたライブ。なんとなく食指が動かないのは、自分が現地にいないからだ。あの耳をつんざくような音も、腹に打ち込まれるような低音も、周りの人が歌ったり笑ったり泣いたりする声も、体験できない。家で一人で小さな画面に向かって見るライブはきっとわたしにとってはつまらないと薄々分かっている、だから敢えて見ていない。

6月上旬、最後の1枚だったチケットが紙切れになった。年内、どこかの劇場で演劇を見る見通しは立っていない。舞台は少しずつ元に戻ろうとしているけれど、席を1つずつ開けないといけないので抽選し直します、席を振り直しますなんて告知も見るようになった。その結果、当初の設定から金額が上がることとなりますというのも。新たな生活様式なんてかしましく言われているけれど、きっと今からは、少なくとも今年いっぱいくらいはこれが『普通』になっていくのだろうと思っている。3000円くらいで小劇場で見ることも、7000円くらいで少し大きめの劇場で見ることも、しばらくは叶わないだろう。舞台は、『高尚な趣味』になりつつある。
これから演劇の、特に話の内容であったり演出であったりに向けられる視線はより一層厳しくなるんだろうね、なんて話を友人とした。身も蓋もない言葉で言えば、『この金額払ってこの内容?』と言われることが増えるだろうし、それをしないために質の低いものは淘汰されていくであろう、いってほしい、と。面白い・面白くないはあくまでも個人の感想でしかないからそこに制限はかけられない。けれど間違いなく『危ない運営』はこれまで存在していて、それがこの後どれほど淘汰されていくのだろうか。

こんな風に、わたしの4月は死んだ。5月も、6月も死んだ。この3ヶ月、驚くほど記憶がないのだ。やっている仕事は少しずつ変わっているけれど、生活がおしなべて同じだからだ。言い換えれば、『異常』ではないからだ。異常だった日々が恋しいか、戻りたいかと聞かれると、正直今は分からない。今年はきっと、リハビリになる。今が正常だとは思わないけれど、異常だとも思わないから。